閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

映画『勝手にふるえてろ』

furuetero-movie.com

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生き方をこじらせ、恋愛妄想のなかで生きる屈折した女性の物語。
主演の松岡茉優がとにかく素晴らしい。「こんなに可愛らしく歪んだ女の子がいるなんて!」と思わせる好演。Qの市原佐都子の世界に近いところがあるが、こじらせ妄想が発酵し過ぎてグロテスクな様相を露悪的に見せる寸前で留まっている。その絶妙の危うさが、松岡茉優が演じる人物をさらに魅力的にしている。

映像のなかでシームレスにつながる彼女の妄想世界と現実を抜群の演技センスで表現する。監督の演技演出も細部まで計算しつくされていることがわかる。

FUKAIPRODUCE羽衣の名曲《サロメvsヨカナーン》のリフレインは「一人ぼっちよりもましだから愛している」だが、本当の孤独に陥った彼女が「本当の」恋に行きつくラストの切なさと苦さが感動的だ。これは女性のエディプス・コンプレックスの物語にもなっている。

大傑作。

2017年の観劇生活(新年のあいさつにかえて)

新年あけましておめでとうございます。

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今年は120本の作品を見た。例年より若干多め。

前は見た芝居の感想をすべてブログに記していたが、この2年ぐらいはそれができなくなった。ただ舞台作品を見た後は見た作品をエクセルに記録している。記録漏れもいくつかあると思うが。

見た後に五つ星の評価をつけている。☆☆☆☆☆が満点。見た直後の印象で点をつけている。

今年五つ星をつけたのは、以下の13本。

ただ星の評価は観劇直後の印象でつけているので、今思い返してみると、五つ星評価でもその舞台の印象があまり残っていない作品もある。

今年は高野竜さんの平原演劇祭が第6部まであったのだけれど、インド・バングラディシュで行われた第2部以外はすべて見ることができた。いずれも破天荒で実に愉快で充実した「演劇」(かっこつき)だった。私にとっては今年は平原演劇祭フィーバーの年だった。
観客発信メディアWLの

http://theatrum-wl.tumblr.com/post/168090546731/おしらせ2017年の3本募集

theatrum-wl.tumblr.com

では別の作品を上げる可能性もあるけれど、私の2017年のベストスリーは、舞台芸術としては異色すぎる「平原演劇祭」を除くと

  1. George Balanchine振付『 Le Songe d'une nuit d'été (夏の夜の夢)』(3月、パリ・オペラ座) 
  2. SPAC『病は気から』(10月、静岡芸術劇場)
  3. ゴキブリコンビナート『 法悦肉按摩 』(7月、小金井公園内特設テント)

となる。バランシン振付のオペラ座バレエ『夏の夜の夢』は3月にパリに滞在したときに、現地で思い切って買ったチケットだったが、その夢幻の表現、原作の舞踊的な読み替えの発想のあまりのすばらしさに感動して鼻水が噴き出るほどだった。SPACの『病は気から』は、古典劇としてのモリエールを現代日本の喜劇として成立させるための演劇的仕掛けを評価したい。今でもモリエールが至る所で上演されている本場のフランスでフランス人観客にこのノゾエ版を見せたいなあ。ゴキコンは久々の本公演。彼らの常にこちらの期待以上の過激なパフォーマンスで観客を楽しませてくれる。今回も奇抜なアイディアで様々な阿鼻叫喚の場面を提供してくれた。

このほか、印象に残った舞台作品は、ニース国立劇場で見たランペドゥーザ島を目指す難民たちの芝居Esperanza、パリで見た独創的なメタ演劇ナンセンス喜劇26000 couverts の『À bien y réféchir, et puisque vous soulevez... 』、 全員が「ボトム」を演じるカクシンハン『夏の夜の夢』、非舞台的なテクストを斬新なアイディアで舞踊化したサファリ・P『悪童日記、特異な身体性でことばをねじまげ、空間をデフォルメさせる地点の舞台(松原俊太郎作、三浦基演出の『忘れる日本人 』、チェーホフ『かもめ』)、シンプルで緊張感に満ちた力強い舞踊歌唱劇、アヴィニョンで見たLemi Ponifasioの『Standing in Time 』、原作にまつわる複数のテクストを再構成し、狂気に満ちた強力な前衛的時空を作り出したカストルフ『偽善者たちのカバラモリエールの伝記を二人の役者の見事な技巧で劇的な語りとして再構成した Ronan Rivière『Le Roman de Monsieur Molière』音羽屋と宮城聰のコラボによる歌舞伎の新作マハーバーラタ戦記 』、学生たちの若々しいエネルギーが圧巻だったミュージカル Seiren Musical Project 『Bring it on!』
2017年のベスト・アクトはアヴィニョンのオフで見たLe Roman de Monsieur MolièreのRonan Rivière ロナン・リヴィエールだ。たとえフランス語がわからなくてもこの俳優のすばらしさは見れば誰でもわかるだろう。しなやかで美しい動き、そして流麗な語りがもたらす快感。自主公演であるオフのプログラムでこんな芝居、こんな俳優に出会えると感動が大きい。

 

2017年に見た舞台作品の一覧は以下の通り。

  1. 2017/01/02 渡辺源四郎商店『コーラないんですけど』@ こまばアゴラ劇場
  2. 2017/01/03 ケネス・ブラナー、ジョン・オズボーン作『テイナー 』@シネ・リーブル池袋
  3. 2017/01/08 竹本駒之助、鶴澤津賀花『 冥途の飛脚 封印切の段』@The Glee
  4. 2017/01/08 勅使川原三郎、佐東利穂子 『シェラザード』@KARAS APPARATUS
  5. 2017/01/21 地点『ロミオとジュリエット』@ 大隈記念講堂
  6. 2017/01/22 SPAC『冬物語』@ 静岡芸術劇場
  7. 2017/01/24 菊五郎『しらぬい譚』@国立劇場大劇場
  8. 2017/01/25 カイヤ・サーリア作、ホ ロベール・ルパージュ演出『遙かなる愛』@新宿ピカデリー
  9. 2017/01/26 百景社『銀河鉄道の夜』@こまばアゴラ劇場
  10. 2017/01/29 一見劇団『若き日の次郎長』@篠原演芸場
  11. 2017/02/01 庭劇団ペニノ『ダークマスター』@こまばアゴラ劇場
  12. 2017/02/06 国立劇場文楽『冥途の飛脚』@ 国立劇場小劇場
  13. 2/11 ジョエル・ポムラ作、 松本祐子(文学座)演出『 うちの子は』@せんがわ劇場
  14. 2/21 Opéra de Nice『Eugène Onéguine」@Opéra Nice
  15. 2/28 Peter BrookBattlefield』@Théâtre national de Nice
  16. 3/2 Aziz Chouaki作、 Hovnatan Avédikian演出『Esperanza』@Théâtre national de Nice
  17. 3/8 Guillaume Vincent演出『Songes et Métamorphoses』Théâtre de Caen
  18. 2017/03/10 Gérard Watkins作・演出『Scènes de la violence conjugale』@Espace 1789
  19. 2017/03/11 26000 couverts ! 『À bien y réféchir, et puisque vous soulevez...』@ Le Montfort 
  20. 2017/03/12 Théâtre National Populaire Villeurbanne、 Aimé Césaire作、 Christian Schiaretti演出『 La Tragédie du Roi Christophe』@Les Gémeaux
  21. 2017/03/14 Ballet de l'Opéra、 George Balanchine振付『 Le Songe d'une nuit d'été』@Opéra Bastille
  22. 2017/03/18 RoMT『夏の夜の夢』@サンモールスタジオ
  23. 2017/03/19 高野竜『平原演劇祭2017第2部「芝がするどく鳴ってゐる」』 豆茶房でこ
  24. 2017/03/19 玉田企画『少年期の脳みそ』@アトリエ春風舎
  25. 2017/03/20 SPAC『野田版 真夏の夜の夢』@静岡芸術劇場
  26. 2017/03/23 カクシンハン『夏の夜の夢』@シアター風姿花伝
  27. 2017/03/25 サファリ・P 『悪童日記』@こまばアゴラ劇場
  28. 2017/03/29 剣戟はる駒座@新開地劇場
  29. 2017/03/29 岡登志子演出『緑のテーブル2017』@神戸アートビレッジ・KAVCシアター
  30. 2017/04/13 地点×KAAT、 松原俊太郎作『忘れる日本人』@KAAT 中スタジオ
  31. 2017/04/14 無隣館 『南島俘虜記』@こまばアゴラ劇場
  32. 2017/04/15 劇団乾電池『タバコの害について/夏の夜の夢』@明治座
  33. 2017/04/16 竹本駒之助、鶴澤寛也『玉藻前朝陽曦袂 三段目』@ 紀尾井ホール
  34. 2017/04/24 水族館劇場『この丗のような夢・全』@ 花園神社仮設劇場
  35. 2017/04/29 SPAC『1940-リヒャルト・シュトラウスの家』@ 静岡音楽館AOI・ホール
  36. 2017/04/29 フィリップ・ホーホマイアー作、 ニコラス・シュテーマン演出『ウェルテル! 』@静岡芸術劇場
  37. 2017/04/30 成井豊演出『 スキップ』@サンシャイン劇場
  38. 2017/05/03 ムハンマド・アール=ラシー 『ダマスカス While I Was Waiting』@静岡芸術劇場
  39. 2017/05/03 タニノクロウ『MOON』@舞台芸術公園 野外劇場「有度」
  40. 2017/05/05 SPA『アンティゴネ:時を超える送り火』@駿府城公園
  41. 2017/05/06 ジゼル・ヴィエンヌ『腹話術師たち、口角泡を飛ばす The Ventriloquists Convention』@ 静岡芸術劇場
  42. 2017/05/07 高野竜 『平原演劇祭2017第4部 文芸案内朗読会演劇前夜&うどん会 「や喪めぐらし」(堀江敏幸「めぐらし屋」より)』@目黒区駒場住区センター
  43. 2017/05/12 前進座『裏長屋騒動記』@ 国立劇場大劇場
  44. 2017/05/20 小川絵梨子演出『マリアの首』@新国立劇場小劇場
  45. 2017/06/09 FUKAIPRODUCE羽衣『愛死に』@東京芸術劇場シアターイース
  46. 2017/06/10 コトリ会議『あ、カッコンの竹』@こまばアゴラ劇場
  47. 2017/06/11 Qアナザーライン こq『地底妖精』@SCOOL
  48. 2017/06/14 FUKAIPRODUCE羽衣 『愛死に』@東京芸術劇場シアターイース
  49. 2017/06/22 青年団『さよならだけが人生か』@吉祥寺シアター
  50. 2017/06/28 玉田企画『今がオールタイム・ベスト』@アトリエ・ヘリコプター
  51. 2017/06/29 壁なき演劇団・演劇集団ア・ラ・プラス 『ビザール〜奇妙な午後〜』@ シアター風姿花伝
  52. 2017/07/01 ゴキブリコンビナート『法悦肉按摩』@小金井市某所野外テント
  53. 2017/07/07 François Tantot『Hygiène de l'assassin』@Théâtre du Grand Pavois
  54. 2017/07/06 Bernard-Marie Koltès『Dans la solitude des champs de coton』@Théâtre des Halles
  55. 2017/07/06 SPAC『アンティゴネ』@ アヴィニョン教皇庁中庭
  56. 2017/07/07 Lemi Ponifasio『Standing in Time』@Cour du Lycée Saint-Josph
  57. 2017/07/08 Frank Castor『Die Kabale der Scheinheiligen. Das Leben des Herrn de Molière』@Parc des expositions
  58. 2017/07/09 Olyvier Py『Les Parisiens』@La Fabrica
  59. 2017/07/10 Ronan Rivière『Le Roman de Monsieur Molière』@Chapelle des Templiers
  60. 2017/07/10 Patrice Le Namouric『 Cyclones』@Chapelle du verbe incarné
  61. 2017/07/22 ヤリナゲ『 預言者Qの生涯』@こまばアゴラ劇場
  62. 2017/07/23 野村萬斎子午線の祀り』@世田谷パブリックシアター
  63. 2017/07/26 ナカゴー『ていで』@浅草九劇
  64. 2017/07/30 肉汁サイドストーリー・テアトル無宿『アリスの条件/ラブへの答え 』@阿佐ヶ谷シアターシャイン
  65. 2017/08/02 DE PAY’ S MAN『STREET × 経済 = STORY?』@ studio空洞
  66. 2017/08/05 新国立劇場演劇研修所『朗読劇 ひまわり』@ 新国立劇場小劇場
  67. 2017/08/07 黒田瑞仁(ゲッコーパレード)『 煙草の害について』@こまばアゴラ劇場
  68. 2017/08/07 リクウズルーム×努力クラブ『ARE YOU WEARING CLOTHES? 』@こまばアゴラ劇場
  69. 2017/08/08 スタッフド・パペット・シアター『マチルダ』@ プーク人形劇場
  70. 2017/08/09 Violet Eva (紫ベビードール)『midweek burlesque』@7th Floor
  71. 2017/08/18 演劇活動 わたしとともに現前『あの夏の日の午後』@Gallery LIPP
  72. 2017/08/19 劇団サム『K』@ 練馬区生涯学習センター
  73. 2017/08/20 カクシンハン『タイタス・アンドロニカス』@吉祥寺シアター
  74. 2017/08/22 FUKAIPRODUCE羽衣『瞬間光年』@こまばアゴラ劇場
  75. 2017/08/25 ホエイ『小竹物語』@アトリエ春風舎
  76. 2017/08/26 genre:Gray 黒谷都 『 涯なし』@ キラリふじみ
  77. 2017/09/03 りくう 朝日山裕子 『俳優支配』@野方スタジオ
  78. 2017/09/09 ふくおかかつひこ『詩人の恋』@野方スタジオ
  79. 2017/09/08 Q『妖精の問題』、こまばアゴラ劇場
  80. 2017/09/11 Q『妖精の問題』、こまばアゴラ劇場
  81. 2017/09/21 地点『かもめ』@アンダースロー
  82. 2017/09/22 マタヒバチ『ここにおろか』@ 京大西部講堂前テント
  83. 2017/09/23  高野竜『平原演劇祭2017第5部』@ 旧加藤家住宅
  84. 2017/09/24 伊藤企画 『きゃんと、すたんどみー、なう。 』@アトリエ春風舎
  85. 2017/09/30 HEADZ 『を待ちながら』@こまばアゴラ劇場
  86. 2017/10/01 人形劇団ココン 『糸による奇妙な夜』@ 芸能花伝舎
  87. 2017/10/08 SPAC『病は気から』@ 静岡芸術劇場
  88. 2017/10/10 片岡仁左衛門『 霊験亀山鉾』@ 国立劇場
  89. 2017/10/12 笑の内閣『名誉男性鈴子』@こまばアゴラ劇場
  90. 2017/10/13 マレビトの会『福島を上演する』@シアターグリーン
  91. 2017/10/14 柴幸男 『わたしが悲しくないのはあなたが遠いから』@東京芸術劇場シアターイース
  92. 2017/10/15 菊之助菊五郎マハーバーラタ戦記』@歌舞伎座
  93. 2017/10/17 前進座『栁橋物語』@三越劇場
  94. 2017/10/19 新国立劇場『トロイ戦争は起こらない』@新国立劇場
  95. 2017/10/20 iaku『ハイツブリが飛ぶのを』@こまばアゴラ劇場
  96. 2017/10/26 青島広志『オペラ サド侯爵夫人』@渋谷区文化総合センター大和田 6階伝承ホール
  97. 2017/10/27 ムべネ・ムワンベネ『虎のはなし』@シアターカイ
  98. 2017/10/28 石神井東中学演劇部 『おこんじょうるり』@練馬区生涯学習センター
  99. 10/29 石神井東中学演劇部『ヒミツキチ〜Our Secret Base〜 』@練馬区生涯学習センター
  100. 2017/11/01 鮭スペアレ『ハムレット』@ザムザ阿佐ヶ谷
  101. 2017/11/02 いいむろなおきマイムカンパニー『doubt』@こまばアゴラ劇場
  102. 2017/11/03 トネールグループ・アムステルダム『オセロー 』@東京芸術劇場プレイハウス
  103. 2017/11/07 木ノ下歌舞伎『心中天の網島─2017リクリエーション版─ 』@横浜にぎわい座野毛シャーレ
  104. 2017/11/09高野竜『平原演劇祭2017第6部 十月革命100周年記念「亡命ロシア料理と革命音楽の夕べ」』 @目黒区
  105. 2017/11/10 マリー・ブラッサール 『ネリー・アルカンこの熱き私の激情』@天王洲 銀河劇場
  106. 2017/11/11 劇団肋骨蜜柑同好会『白痴』@新宿眼科画廊地下
  107. 2017/11/14 尾上松緑『坂崎出羽守』@国立劇場大劇場
  108. 2017/11/14 尾上松緑中村梅玉『沓掛時次郎』@国立劇場大劇場
  109. 2017/11/17 こまつ座『きらめく星座』@紀伊國屋サザンシアター
  110. 2017/12/03 市川中車『らくだ』@ 歌舞伎座
  111. 2017/12/03 尾上松緑片岡愛之助『蘭平物狂』@歌舞伎座
  112. 2017/12/03 市川中車坂東玉三郎瞼の母』@ 歌舞伎座
  113. 2017/12/03 坂東玉三郎楊貴妃歌舞伎座
  114. 2017/12/07 城山羊の会『相談者たち』@三鷹市芸術文化センター
  115. 2017/12/10 SPAC『変身』@静岡芸術劇場
  116. 2017/12/11 関係舎『架空の実験室 vol.1 』@新宿シアター・ミラクル
  117. 2017/12/15 ゲッコーパレード『とにかく絵の具を大量にかけるでしょう。』@旧加藤家住宅
  118. 2017/12/17 チカパン、加納真実 『赤と青の年末大掃除!』@ スタジオエヴァ
  119. 2017/12/17 Seiren Musical Project 『 Bring it on ! 』@六行会ホール
  120. 2017/12/28 トマ・ブーヴェ&太田宏『 Larmes / 涙』@ studio seedbox

トマ・ブーヴェ&太田宏『Larmes / 涙』

フランスの劇作家・演出家トマ・ブーヴェと青年団所属の俳優、太田宏の『Larmes 涙』を京都に見に行った。ブーヴェは京都のヴィラ九条山で滞在制作を行った。作品は完成品ではなく、試演会的なもの。上演時間60分。
太田宏は平田オリザ作の『別れの唄』(大好きな作品だ。フランス語の授業でもしばしば学生に見せている。日仏文化の齟齬を考える教材としても素晴らしい。)などこれまで日仏共同制作の演劇作品に何本か出ているが、今回は一人芝居、それもフランス語での一人芝居ということで、がぜん興味を掻き立てられた。しかも作品制作のプロジェクトはスタートしたばかりである。もし可能ならこの日仏プロジェクトの立ち上げから、フランスおよび日本での公演までの過程を追っかけて、記録できないかという目論見もあった。

work in progress、つまり作りかけの作品の試演会ということで、舞台作品としてはまだ到達形には程遠い。正直そんなに面白い作品ではなくて、いかにも今のフランス演劇人が作りそうな作品だなあと思ってみていた。

紗幕で客席と演技エリアが遮られ、太田宏は紗幕越しに演技をする。照明は終始暗い。紗幕の向こうの演技で、動きは左右の水平だけ。最初はぽつぽつと断片的にフランス語の単語をつないでいく感じだが、だんだんスピードアップしき、言葉も圧縮されていく。

脚本はかなり抽象的で物語性に乏しい。「孤独」や「闇」といった主題にまつわるベタな語彙が繰り返され、テクストとしては単調で魅力に乏しいような。日本語版の上演が1年半後(!)に予定され、そのあとパリでダンサー二人を加えた上で上演される予定とのこと。とりあえず今日の試演会が一つの区切りらしい。太田宏はとりあえずフランス語のセリフを詰め込んだという感じで、その言語表現をまだしっかりコントロールできている感じがしない。今日の公演では、なぜ日本人の俳優を使ってこのテクストを上演しようと思ったのか、私にはよくわからなかった。終演後に作・演出家のブーヴェに聞くと、10年前、京都で出会った日本女性(泣いていたそうだ)のイメージがテクストの出発点だったから、京都で滞在してのプロダクションとして、日本人俳優でこのイメージを核とした作品を上演したいのだというようなことを言っていた。

太田のフランス語はまだリズムもイントネーションもぎごちない。フランス語については日本語なまりをあえて残すのではなく、もっとなめらかで自然な発声を目指すとのこと。
紗幕にプロジェクションマッピングで映像を映し出していたが、日本で上演するにしてももしかするとあえてフランス語で演じて、日本語字幕を出すかたちのほうがいいかもしれない。

主題といい、テクストといい、演出と言いある種のフランス演劇人の型にはまった感じの作品だったが、今後、太田宏が言語をコントロールできるようになり、作家・演出家に対抗できるようになったときに、どう変化していくのかに注目したい。

Villa Kujoyama | トマ・ブーヴェ&太田宏

劇団肋骨蜜柑同好会『白痴』

次回公演情報 | 劇団肋骨蜜柑同好会

 

  • 原作:坂口安吾「白痴」
  • 構成・演出:フジタタイセイ
  • 美術:海月里ほとり
  • 出演:笹瀬川咲 (劇団肋骨蜜柑同好会)、石黒麻衣 (劇団普通)、兎洞大、小島望、るんげ (肉汁サイドストーリー)
  • 劇場:新宿眼科画廊地下
  • 上演時間:75分
  • 評価:☆☆☆

 

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登場人物表では「人間」役がひとり、その他は豚、犬、鶏、家鴨となっている。豚となっている役柄が白痴の女の役だ。

坂口安吾は私が最も大きな影響を受けた作家であり、高校時代に全集レベルで読んでいる特別な作家だ。既に自分のなかに安吾の文学についてのあるべきイメージがあるがゆえに、どうしても厳しめに見てしまう。

フジタタイセイ構成・演出の「白痴」は、原作の世界をほぼ忠実に演劇化した作品だった。壁際に設置された二つの観客席にはさまれた、廊下のような細長いスペースが演技エリアとなる。中央には畳が二畳敷かれている。「人間」(これは物語の語り手である「伊沢」である)以外の登場人物は、それぞれ口の部分に豚、犬、鶏、家鴨のマスクを付けたままだが、この動物扮装のままで他の登場人物をも演じる。小説の地の文がそのまま朗読される。

坂口安吾は高校時代に熱中して読んだ作家だが、その後は折りに触れてしか読んでいない。「白痴」も長らく読んでいないが、小説の世界がほぼそのまま再現されるので、舞台を見ているうちにそのディテイルも浮かび上がってきた。「白痴」は繊細でロマンチックな物語だ。そこでぬけぬけと表される自嘲と虚無感が、今の自分からすると気恥ずかしい。安吾はその語り口ゆえに本質的にファルス作家だと思った。

舞台の情景は「白痴」の演劇的再現あるいは解説のようなものに感じられた。語りの内容を、絵本でわかりやすく提示されるような感じである。しかしもし舞台が小説の演劇的説明に過ぎないのであれば、敢えて舞台化する必要はないではないか?そんなことを思ってしまうような退屈な舞台だった。中途半端に演劇化されたものを見せられるよりは、安吾の言葉をテクストとして読み取り、そこから直接頭の中にイメージを作り出したほうがいいではないか。俳優の身体と凡庸な演出で、縮こまった「白痴」を見せられるよりも。舞台で「説明」するのであれば、こちらをぎょっとさせるくらいの精度で徹底的に作品世界を立体化させて欲しい(例えばハネケによるカフカの『城』のように)。そうでなければ、演出家のアイディアと俳優の身体で、テクストの読解では誰もが気づかなかったような新たな解釈の可能性を示すような舞台が見たい。

この熱き私の激情〜それは誰も触れることができないほど激しく燃える。あるいは、失われた七つの歌

www.parco-play.com

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作品の題材にせよ、宣伝のしかたにせよ、私のような中年おやじは観客のターゲットとして想定されていない舞台作品なのだが、ケベックの女性小説家の原作をケベック人女性演出家が翻案・演出した作品ということで見に行った。

マリー・ブラッサールはケベックの演出家のなかでも注目されている存在のようだ。ルパージュと長年一緒に仕事をしたそうだが、一辺2メートルほどの正方形のボックス10個を2段にならべた舞台美術の美しさ、センスのよさは、確かにルパージュを連想させる。音楽もいい。ただし日本語の歌詞の歌は今一つだった。

七人の女性キャストが、元高級娼婦の作家で36歳の若さで自殺したネリー・アルカンのテクストを、各ボックスのなかで読み上げるモノローグ劇。アルカンのテクストはいずれも文学的な表現に彩られた私語りだ。

俳優も美術も悪くないのだけれど、今一つその表現が空回りして、心に響かないのは、私がこの作品の世界にあまり興味を持てないことに加え、物語と演出スタイルが日本人女優にマッチしていないからだと思った。華奢な日本人女性の身体は、ネリカンのテクストの世界とあの演出では、表現に説得力を持ち得ない。

客席は空いていた。この七人のキャストでも集客が厳しいのか。興行は難しい。招待客がたくさん混じっているような感じがした。「この熱き私の激情」という日本語タイトルのセンスもなんかなあという感じがする。原題はLa fureur de ce que je penseなので、やりすぎの意訳というわけではないのだけれど。

リー・アルカンがフランスやケベックでどれくらい人気のある作家なのか私は知らないのだけれど、日本でのパルコでのキャンペーンのしかたは(映画も含め)あまりにも俗っぽい紋切り型で私は興ざめだ。ケベックものということで応援したいのだけれど。

舞台は手法的な面白さはあったけれど、ネリーの抱えていた問題は、共有共感し難かったのが、あまりこの作品に乗れなかった大きな理由だと思う。ある種の女性観客層にはアピールするところはそれでもあるのかもしれない。

映画も舞台もすごく陳腐でありきたりのイメージの中に、彼女を押し込めているなという感じがした。その取り扱われ方、消費のされ方に、彼女の本質的な悲劇性があるという逆説が露呈されていたとも言えるのでは。

平原演劇祭2017第6部 ソビエト100年記念「亡命ロシアナイト」

平原演劇祭2017第6部

ソビエト100年記念「亡命ロシア・ナイト」

 

  • 日時:2017年11/7(火)19時〜22時。
  • 会場:目黒区菅刈住区センター調理室にて。
  • 案内人:高野竜、酒井康志、吉植荘一郎、山城秀之

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 1977年にソ連からアメリカ合衆国に亡命した2名の批評家によって書かれた『亡命ロシア料理』という本がある。

亡命ロシア料理

亡命ロシア料理

 

ロシア料理のレシピが掲載されたエッセイなのだが、単に故国の料理についてて記述するだけでなく、料理を通じた優れたロシア(そして西欧諸国、特に料理文化不毛のアメリカ)文化論となっている。軽妙なユーモアに満ちた切れ味のいい警句が満載されている実に面白い本だ。例えばこの著作には以下のような文句を見つけることができる。 

* いい料理とは、不定形の自然力に対する体系の闘いである。おたま(必ず木製のでなければならない!)を持って鍋の前に立つとき、自分が世界の無秩序と戦う兵士の一人だという考えに熱くなれ。料理はある意味では最前線なのだ……。46頁
* もちろんん、シャルロートカを食べて痩せることはない。そのうえ、パンをたくさん食べるのは体に悪いそうだ。しかし、人生とはそもそも有害なものなのだ─なにしろ人生はいつでも死に通じているのだから。でも、シャルロートカを食べたら、この避けがたい前途ももうそんなに恐い気はしない。53頁
* 美への渇望や性欲があってこそ、人は美術館やベッドの中で幸福を感じることができる。それと同様に、空腹は快楽の源泉である。女性や絵画に対する愛と同じように、空腹だって大事に守ってやらなくてはならない。63頁
* ロシア人とフランス人は、いったいどこが違うのか?
答えは簡単。フランス人はカエルを食べる。だからロシア人の方が明らかに優れているのだ。ロシア人は、食に関しては慎重だから、ぴょんぴょんはねるものなど口にしない。105頁
* 香辛料を好む民族は、生活も派手だ。カーネーションを売ってぼろ儲けはするし、ハイジャックはする、血で血を争う復讐には夢中になる。反対に、薄味の料理を好む民族は、無気力と絶滅の運命にある。ラトビア人やサーミ人がそうだ。116頁
* 食べ物は、人間の最も秘めた部分を明かす。ホラティウスを原書で読むような人でも、黒パンにイクラを塗る姿を見られたら最後─用心深く隠してきた庶民の地が、表面に吹き出してしまう。174頁
* 料理とは、まぎれもなく言語である。それも、この上なく豊かな可能性をもった言語だ。形容語、隠喩、誇張、緩叙法、そして提喩に満ちた言葉。詩人プーシキンは、ロシアの居酒屋の名物「プーシキン風ポテト」の生みの親として、何世代もの人の心に残っているが、それも理由のないことではない。174頁

 

2017年はロシア革命100周年にあたる。平原演劇祭2017第6部は、《ソビエト100年記念「亡命ロシアナイト」》と題し、100年前にソビエト政府政権が確立した11/7の夜に、『亡命ロシア料理』(未知谷、2014)の抜粋を朗読し、そこに記述されている料理を食す、そしてロシア革命周辺の音楽を聴くという企画だった。

ロシア料理の調理は高野竜氏が担当。『亡命ロシア料理』の朗読は、吉植荘一郎、山城秀之の二名が担当した。そして酒井康志がロシア・ソビエト音楽のレクチャーを行った。ロシア・ソビエト美術についてのレクチャーも行われる予定だったのだが、担当の青木祥子が体調不良で欠席となったため、このプログラムは中止となった。

平原演劇祭は10代、20代の若い女性が出演者の中心なのだが、今回は出演者全員が中年男性という平原演劇祭としては異色の催しとなった。

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(撮影:片山幹生、『亡命ロシア料理』を朗読する山城秀之氏)

高野氏が再現したロシア料理が美味しかっただけでなく、優れた文明批評でもある著作の朗読とロシア・ソビエト音楽の解説も充実したもので、料理、文学、音楽からロシア・ソビエトの偉大さと悲惨を味わうことができる好企画だった。しかし世間はロシア革命に関心がないのか、この面白そうな企画内容にも関わらず、観客は私を含め3名(後に4名)というごく内輪の会になってしまったのはとても残念だった。この革命記念日に、ロシアがらみのイベントをやった演劇人は他にはいなかったのか。マヤコフスキーの革命祝祭劇『ミステリア・ブッフ』を上演するまたとない機会だったのに上演された話は聞かない。twitterでもこの日、ロシア10月革命に言及していたのは共産党志位和夫ぐらいだったか(志位のtweetはロシア革命の全面的礼讃というわけでもなかったが、皮肉、嘲笑、罵倒のコメントを大量に浴びていた)。

さて「亡命ロシア・ナイト」、オープニングは高野、吉植、山城の3名による『不思議惑星キン・ザ・ザ』(1986)の挿入歌、《ママ、どうしよう》の合唱だった。

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なおこの日の出演者のおっさん4名はみなハンチング帽をかぶっていたが、これは打ち合わせていたわけではなく、偶然そうなったとのことだった。『不思議惑星キン・ザ・ザ』の歌が終わると、吉植、山城の二氏による『革命ロシア料理』の朗読が始まった。

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(撮影:片山幹生、『亡命ロシア料理』を朗読する山城秀之と吉植荘一郎)

それから高野竜によるソルジェニーツィンの『チューリッヒのレーニン』の一節の朗読に続く。革命運動のためには大量の資金が必要で、革命家になるにはまず資本家となるのが手っ取り早い、といった皮肉なことが書かれていて大笑い。

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(撮影:片山幹生、『チューリッヒのレーニン』を朗読する高野竜)

この後に確か最初の料理タイムが入ったと思う。最初に食べたのは、『革命ロシア料理』の最初の章、「壺こそは伝統の守り手」にあった壺料理だ。陶器製の壺(鍋?)でぐつぐつと煮込んだ鶏肉の料理。ただし『革命ロシア料理』で推奨されているのは牛ヒレ肉である。竜さん曰く、牛肉は調理の扱いがむずかしかったので、鶏肉にしたとのこと。これにサワークリームと小麦粉で作ったソースをかけて食べる。

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これは見た目どおり、すこぶる美味い。

酒井康志のロシア・ソビエト音楽講座はこの後だったように思う。このプレゼンテーションも素晴らしかった。革命前のロシア国民学派五人組から、鬼才のスクリャービン、革命直後の輝かしい前衛音楽の数々、そしてスターリン体制後のソビエト音楽まで。ソビエト体制のなかで才能ある作曲家たちが転向し、体制迎合音楽を作ってしまう泣き笑いの状況までを30分ほどで概観した。

1917ロシア・ソヴィエトの革命音楽.pdf - Google ドライブ

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(撮影:片山幹生、ロシア・ソビエト革命音楽のレクチャーする酒井康志)

モソロフ、ショスタコなど革命が熱かった時代にかっこいい前衛作品を作った天才作曲家は、体制迎合音楽でもやはりそれなりにいい曲を作ってしまうところが悲しくもある。共感覚者でもあったスクリャービンは誇大妄想の神秘主義者で、頽廃音楽の作り手とみなされても仕方ない異端児だったが、ソビエト当局は没後50周年に記念イベントをやったというエピソードを酒井が話したとき、吉植が「政治的には無害だとみなされていたからでしょうかね」とつぶやいたのがおかしかった。   

この後は料理第二弾が続いたのか、あるいは『亡命ロシア料理』の朗読が再開されたのかは記憶が定かではない。 高野竜による亡命ロシア料理の第二弾は、ロシアの代表的な魚のスープ、ウハーだった。

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使われた魚はタラと鮭。このスープも実においしかった。ただし『亡命ロシア料理』ではチョウザメが指定されていたとのこと。さすがにチョウザメは日本では手に入らない。『亡命ロシア料理』のレシピの記述はかなり大ざっぱで、材料はロシア国外では入手が難しいものが多いと言う。この本の著者が移住したアメリカでも、故国のロシア料理の再現には苦労したに違いない。高野竜曰く、亡命ロシア料理なので、とりあえずの間に合わせの材料でそれっぽいものを作るのが主旨に合っているだろうとのこと。確かにそうだ。

会のしめは『亡命ロシア料理』の朗読だったが、会場の退室時刻が迫っていたため、食事の後片付けをしながら朗読を聞くという慌ただしいフィナーレになった。

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(撮影:片山幹生、『亡命ロシア料理』を熱く朗読する吉植荘一郎)

出演者4名、観客4名(うち1名は音楽のプレゼンに関わる)というこじんまりした会だったが、美味しくて、楽しくて、ためになる、実に充実した夕べだった。

 

 

 

 

 

 

 

石神井東中学校演劇部『おこんじょうるり』・『ヒミツキチ 〜Our Secret Base〜』

『おこんじょうるり』(10/28)

  • 作:さねとうあきら
  • 脚色:ふじたあさや
  • 指導:一丁田康貴、田代卓(外部指導員)

『ヒミツキチ〜Our Secret Base〜』(10/29)

  • 作:一丁田やすたか
  • 指導:一丁田康貴、田代卓(外部指導員)
  • 会場:練馬区生涯学習センター

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10/28に上演された『おこんじょうるり』は、さねとうあきらの創作民話をふじたあさやが脚色した民話劇。
 
失敗ばかりで村人の信頼を失った上、腰を悪くして寝込んでしまったこのおばあさんのところに子狐が迷い込んでくる。お腹を空かした子狐におばあさんは惜しげもなく家にあった食べ物をあげた。子狐はお礼に聞くとあらゆる病気を治す魔法の浄瑠璃を歌った。おばあさんの腰痛は治り、すぐに動けるようになった。おばあさんは子狐からその浄瑠璃を習うのだが、うまく歌えるようにはならない。子狐はおばあさんの着物のなかに隠れて、乞われるまま、村の病人の家にいって浄瑠璃を歌い、病気を治していった。
 
メタ演劇構造を作り出すいくつかの工夫が、民話劇のファンタジーを強調する効果をもたらしていた。まず舞台装置および俳優の配置が独特だった。高さ20センチ、幅3メートル、奥行き1.5メートルほどの所作台が舞台中央に設置され、背景には高さ2メートルほどの木製屏風があった。演技は所作台を中心としたエリアで行われるが、その両側には10人ほどの役者たちが向き合って座っている。彼らは自分の出番の前になると舞台袖にひっこみ、衣装を身に着けて現れる。そして自分の出番が終わるとまたもとの衣装に戻り所作台の脇に座り、芝居を横で見守っている。きつねのおこんはぬいぐるみで表現されるが、そのぬいぐるみを動かす黒子姿の役者もおこんにシンクロした演技することで、きつねの感情表現を可視化するという演出も面白かった。
中学生俳優の演技はとつとつとしたリズムでぎごちない。ちょっとテンポが悪いのではないかと思って見ていたら、最後のほうにはっと胸を突かれる悲痛で美しい場面が用意されていた。そのクライマックスへのドラマの集約ぶりが素晴らしい。子供の観客も大人の観客も泣いた。素朴でぎこちない芝居が、劇的な効果をもたらすという台本と演出の逆説にやられてしまった。惜しかったのは場面の切替でならされる拍子木がいまひとつ「カーン」とうまく響かなかったこと。あれがカッターナイフですーっと紙を切り裂くようなシャープさで鳴り響くと、芝居がもっと引き締まってたはずだ。原作とは違うハッピーエンドの結末もよかった。このラストの展開にも小さなサプライズある。中学生俳優ならではの可愛らしさも作品のなかでうまく利用されていた。
 
10/29に上演された『ヒミツキチ〜Our Secret Base〜』は演劇部顧問の一丁田先生による創作劇。三人の仲良しの女の子の放課後の「ミヒツキチ」でのかしましくたわいのない会話が最初、延々と続く。演劇的身振りをそぎ落として、表現をもっと洗練させて完成度を上げると、平田オリザの現代口語演劇の女子中学生版に行き着きそうな感じだった。小林聡美もたいまさこ室井滋の三人の自然なお喋りで展開する三谷幸喜のテレビドラマ『やっぱり猫が好き』も連想した。中学生の恋をめぐる騒動で仲良し三人組の友情は一度揺らぐが、結局は「雨降って地固まる」という結末に。予定調和のありふれた展開だが、ディテイルの表現の数々に、作者の一丁田先生が自分の教え子である中学生たちの様子を愛情をもって丁寧に観察していることを感じとることができる。「悪役」の女の子の演技もよかった。ミュージカル・シーンはもうすこし完成度をあげて欲しかったが、中学生たちが心から楽しんで芝居を演じている様子が舞台から伝わってくる気持ちのいい舞台だった。
 
 
表現技術や解釈という点では中学生は当然、プロの演劇にはかなわない。しかし中学演劇が、いわゆるプロの俳優による演劇と比べて面白くないかといえば、必ずしもそうは言えない。思春期前半の、子供の幼さからまさに抜け出そうとする彼らの身体は、演劇的な魅力と可能性を秘めている。その不安定な身体で演じられるからこそ、説得力を持つことができる表現や物語がある。そうした身体でしか表現できない演劇の面白さというのがある。その面白さは彼らの成長とともに確実に失われるものであり、どんなに上手いプロの俳優でも表現しえないものだ。私が面白いと思う中学演劇の作品では、こうした中学演劇特有の身体性の魅力を引き出すような脚本が選ばれ、演出が行われている。
 

 

ダリオ・フォ作『虎のはなし』@シアターΧ

www.theaterx.jp

  • 原作:ダリオ・フォ
  • 構成・演出・出演:ムベネ・ムワンベネ;IRO(土山裕也)
  • 劇場:シアターΧ
  • 評価:☆☆☆☆
  • 上演時間:2時間

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シアターΧで上演されたダリオ・フォの一人芝居『虎のはなし』を見た。作品はフォが中国訪問したときに見たスペクタクルがベースになっていて、1934-36の長征に参加した共産党軍の兵士の一人語りである。天安門事件があったときに、そのエピソードを交えて書き換えがあったという。
二人の演者が『虎のはなし』を上演した。
一人目はアフリカのマラウイという国出身のムベネ・ムワンベネ。彼はフォの戯曲で設定された状況を自分の祖国マラウイで2011年に起こった民衆抗議運動に置き換えた翻案を上演した。
もう一人は日本人演者のIRO(土山裕也)。彼はほぼ原テクストをそのまま再現する。
ムベネは、観客への呼びかけを取り入れた大道芸の語り的な仕掛けを積極的に用いる。祖国マラウイの事件への置きかえもフォの作品の本質に沿ったものだ。フォ自身もこうした置き換えは歓迎しただろう。観客に呼びかけるスタイルの上演も、フォのモノローグ劇の本質から外れたものではない。字幕が不十分で、英語のせりふがわからないところもあったが、観客をうまく引きんだ手慣れた感じのパフォーマンスだった。ムベネは作品の最後で祖国マラウイが政権批判など表現の自由を認めない国家であることを厳しく告発する。
IRO(土山裕也)というパフォーマーを私は知らなかったが、もう50-60代に見える彼は非常に優れたパフォーマーだった。パフォーマンスの技術だけを見ると、ムベネよりも優れている。語りのリズムと明瞭さの工夫に熟練の技を感じる。ポストパフォーマンスでの質問で語り芸に重心がありすぎて、演劇味に乏しいというダメだしがあったが、このフォの作品ではむしろ語り芸的な要素が重要だ。
この作品と公演については実はいろいろ書きたいことがある。フランス語訳が手元にあり、そこにはフォの序文があって、作品執筆の際の状況が書かれていてその内容が非常に興味深い。


IRO(土山裕也)はもちろん日本語訳で演じた。この日本語訳がかなりいいものだと思ったのだが、当日パンフレットにはなぜか翻訳者のクレジットがない。これは奇妙だ。誰かが訳しているのに。それも相当な手間をかけて。参照した原テクストのバージョンも記されていない。イタリア語から訳したのか、英訳から訳したのかもわからない。
また当日パンフレットのダリオ・フォの紹介で、「『虎のはなし』は『ミステーロ・ブッフォ(奇妙な物語)』と呼ばれる短編一人芝居の連作の中の一編」とあるがこれは事実ではない。『ミステーロ・ブッフォ』(これを「奇妙な物語」と訳すのも誤訳だ)は中世劇のフォ流翻案であり、『虎のはなし』はまったく別の作品だ。
こんな適当な当パンを作るのなら、私に執筆依頼すればいいのにと思う。もちろんイタリア語関係でもっと適任な人はいくらでもいるのだが。
意義深い公演だが、こうした詰めの甘さ、いい加減さが気になる。
時間を見つけて、この上演についてはちゃんとした評を書きたいのだけれど。書けるかな。
フォの一人芝居は数多い。『虎のはなし』フランス語訳版に入っている他の一人芝居も面白そうだ。
これをイタリア語原典でなく、フランス語訳でしか読めないのが歯がゆくてならない。こんなに面白く偉大な劇作家が日本ではまだちゃんと紹介されてないのに、手を出せない。フランスの二十世紀の戯曲作家で、フォ以上に私の関心を引く作家は存在しない。

前進座『柳橋物語』@三越劇場

2017年 『柳橋物語』

 

三越劇場前進座柳橋物語』を見に行った。江戸を舞台に貧困や天災に翻弄されながら健気に生きる女性、おせんの姿を描く「女の一生」もの。

タイトルを主人公の名前でなく「柳橋」という地名にしたことが劇が進むにつれじわじわと効いてくる。おせんの悲劇は、彼女個人の悲劇ではなく、柳橋界隈に住む下町の庶民が生きていくなか抱えざるを得ない愚かさと悲しさを象徴するものなのだ。自分が生きたいようには必ずしも生きられない人生を私たちはどう引き受けていくのか。いかにも山本周五郎らしい問いかけがこの作品にはある。

脚色の田島栄がプログラムの文章なかで「人間には意地というものがある。貧しい者ほどそいつが強いものだ」という山本周五郎の小説のなかのセリフを引用している。このセリフはこの作品の核心になっている。おせんも自分の意地を通し、自らの運命を決然と引き受ける。その覚悟を示した最後の場面の、彼女の毅然とした様子とその美しさに心打たれ、ボロボロと泣いてしまった。

私も貧しき者、弱き者としてその意地を貫き通したい、と愚直に感化されてしまうような芝居だった。
前進座の俳優の演技は、よい意味でスタニスラフスキー・システムを具現しているように私には思える。登場人物の内面をしっかり俳優がとらえ、人物の人生を生きようとしているように見える。一幕二幕と出ずっぱりだった主人公おせんを演じる今村文美の気迫が舞台から伝わってきて、そのエネルギーに圧倒されてしまった。この芝居は徹底的におせん中心の構造になっていて、おせんを核に世界が形成されている。俳優陣のアンサンブルの緊密さはいつもどおり素晴らしい。

火事で家族を失い、娼婦へと零落し、労咳で死ぬ、おせんの友人、おもんという人物も印象に残る。彼女の貧苦は悲惨ではあるが、彼女の人生は果たして不幸だっただろうかなどと考えてしまう。おせんを愛し抜きつつ報われることのなかった幸太、おせんを信じ切ることができなかった庄吉、おせんを助けた藁屋の夫婦、そして無責任な噂話を広めることでおせんを苦しめた悪役の飛脚まで、あらゆる人物に共感できるのは山本周五郎の世界ならではだ。そしてその世界を立体化するのに前進座の俳優ほどふさわしい人たちはいないだろう。

 

わたしが悲しくないのはあなたが遠いから

『わたしが悲しくないのはあなたが遠いから』(イースト) 東京芸術劇場

www.ft-wkat.com

作・演出:柴 幸男
出演:大石将弘 (ままごと|ナイロン100℃)、岡田智代、串尾一輝 (青年団)、椿真由美 (青年座)、野上絹代 (FAIFAI|三月企画)、端田新菜 (ままごと|青年団)、藤谷理子、森岡 光 (不思議少年)

評価:☆☆☆☆★

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演劇や映画を観に行って、否応なしにその世界に引き込まれ、その世界にこちらの内面が侵食され、魂を揺さぶられてしまうような経験することは、そんなに頻繁にあることではない。柴幸男『わたしが悲しくないのはあなたが遠いから』で私は久々にこういう感動を味わった。
この作品は東京芸術劇場のシアターイーストとウエストという地下一階で隣り合った劇場で同時に上演される。
観客は同時に二つの劇場の舞台を見ることはできない。イーストかウエストのどちらかで見ることになる。この趣向自体が作品の主題そのものの優れた表象であることは作品を見ればすぐにわかる。というのも物語はすぐ隣にいながら、会うことができない他者に関わる話なのだ。私はイーストで見た。
イーストとウエストと二つの舞台の出演者同士のやりとりも劇中である。私たちは隣の存在を意識しつつ、隣の様子をうかがい知ることはできない。そしてすぐ傍らにいたはずの人が気がつくと、ずっと遠くに離れてしまっている。追いかけても追いかけても離れてしまった隣人にたどりつことはできない。でもその隣人はすぐそばにいる。自分が生きているなかで本質的に抱える孤独に向かいあうときに、ふと気がつく他者の声。その他者の声にそっと耳を傾けてみたくなるよう時がある。そんな時間について考たくなるような作品だった。
いくつかのシーケンスが音楽のリフレインのように、かなり複雑なやりかたで何回か反復される。反復され、場面が重なるにしたがって気づかなかった感情が浮かび上がり、その強度を増していく。私は後半は泣きながら見た。周りの観客の多くも泣いていた。
赤ん坊はなぜ生まれ出たときに大声で泣くのだろうか? あの泣き声にはどういう意味があるのだろうか? この作品はこの問いに、情緒的な演劇的リフレインによって答える音楽詩劇だ。作品全体が美しい詩となっている。
シアターイーストには東子(とうこ)がいて、彼女のすぐそばにいながら、彼女からどんどん離れていくのが西子(せいこ)である。この二人を演じた女優の美しさのあまりの清々しさにも心打たれた。