閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

『うちの子は』

せんがわシアター121 vol.11 海外戯曲シリーズ 「うちの子は」|調布市 せんがわ劇場 公演情報

  • 作:ジョエル・ポムラ
  • 訳:石井 惠
  • 演出:松本 祐子
  • 出演:磯西 真喜(演劇集団円)、岩澤 侑生子、瓜生 和成(東京タンバリン)、奥田 一平(文学座)、高橋 ひろし(文学座)、伴 美奈子
  • 美術:杉山 至
  • 照明:関 定己
  • 音響:堀内 宏史
  • 衣裳:丹下 由紀
  • 舞台監督:廻 博之
  • 演出助手:松川 美子
  • 宣伝美術:原子 尚之
  • 制作統括:末永 明彦
  • 劇場:せんがわ劇場
  • 上演時間:70分
  • 評価:☆☆☆★
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せんがわ劇場でジョエル・ポムラ『うちの子は』(松本佑子演出)を見た。
ポムラは今、フランスで最も評価の高い劇作家の一人だ。『うちの子は』は、様々な親子の葛藤の場面を提示する十のエピソードからなる作品。

情緒的で説明的な演出は私の好みではなかった。新劇風の「うまい」演技によって、各エピソードの情景が型にはまったわかりやすいものになっていた。

私も親なので、自分の親子関係を重ねながら見たこところもあったのだけれど、自分の場合は、自分の親子関係についての理解をセンチメンタルな物語の型にできるだけ流し込まないようにしている。意識的に子供とは距離を取ることを意識していないと、ずるずると自分の願望を投影することで子供を押しつぶしてしまいそうな気がするからだ。子供は自分とはまったく別の独立した存在であり、自分の思いどおりにはならない存在である。

『うちの子は』の脚本は、強力かつ繊細な緊張関係のなかにある親子関係のリアリティを細心の注意で反映されているように私は思った。しかし松本佑子の演出はそれを情緒的な型に流し込み、わかりやすいものに変形してしまった。昨年のリーディング公演でもそう思ったのだが、今年の演劇版はそうした類型化がさらに押し進められていた。

OiBokkeShi『カメラマンの変態』

oibokkeshi.net

  • 作・演出:菅原直樹
  • 出演:岡田忠雄、ポール・エッシング、申瑞季青年団
  • 舞台監督:市川博明
  • 映像:南方幹
  • 宣伝美術:hi foo farm
  • 宣伝イラスト:あさののい
  • 題字:和気はじめ
  • 制作:野坂牧子 濱町有衣子
  • 企画制作:「老いと演劇」OiBokkeShi
  • 特別協力:蔭凉寺 社会福祉法人光風福祉会 シバイエンジン
  • 会場:特別養護老人ホーム 蛍流荘
  • 評価:☆☆☆

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老いと演劇」OiBokkeShi第4回公演『カメラマンの変態』を美作市の老人ホームで見た。観客は幼児から高齢者まで様々だったが、アフタートークの様子から介護職に就かれている方が多くいたようだった。
91歳の老人を俳優として、高齢者介護に関わる演劇を作るという発想が斬新で、この公演は様々なメディアで取り上げられている。実際、私もこのような超高齢者を役者としてどう動かすのか興味津々だった。
作・演出の菅原直樹は、青年団の演出家だが、岡山に居住し、介護職の現場で働いている。

91歳の老俳優の「おかじい」は、脳梗塞の後遺症で食事介助が必要で、言葉が話せない老人を演じていたが、実際にはかくしゃくとした人だった。耳は遠くなっているようだが、介護老人を「演じる」ことができる人だ。ここが私の事前の予想とは違ったところだ。私は運動も知的な反応もままらない、そういう高齢者がその生の身体を、舞台で晒すことを、どこかで期待していたことに、作品を見終わった後で気づいた。

上演時間は60分。「おかじい」の他に、彼を介護するオーストリア人の若い男性、かつて写真家である老人と関わりを持った40代の謎の女性の3人芝居。
三幕構成で最初は老人と介護人の食事介助などの場面、二幕目は老人に40年ぶりに会うという謎の女がやってきて、老人はその女をモデルに写真を撮る。三幕目は、老人の死後、女と介護職男性のやりとり、そして2人のその後が背景文字によるナレーションで示される。

芝居の雰囲気は平田オリザ風だが、設定の非現実性やナレーションでの過剰な説明など、平田風戯曲・演出ゆえにかえってディテールの粗が気になってしまう。正直なところ、演劇作品としてそれほど面白いものではなかった。眠気を堪えるのが大変だった。

終演後に「おかじい」が終演後の高揚を抑えることなく、暴走して長々と挨拶を行った。その暴走ぶりが面白かった。この後説も含めて作品とすべきなのかもしれない。

老齢ゆえに「おかじい」の演技にはミスがあったらしい。しかしそのミスがどこだったのかは私には分からなかった。今回の芝居ではおかじいにセリフはない。手順を忘れても何とかなるような融通は利くような台本になっていたのだろう。

おかじいは超高齢者ではあるが、作演出の意図を理解し、それに沿った演技ができる俳優だった。これがもし本当の痴呆で身体が不自由な状態の老人が出演し、その作品が演出家のコントロールがほぼない不可能な状態の演劇、生の老人を晒す芝居だったら、どうだっただろうかと考えてしまう。もっと微妙で複雑な問題提起ができていたのでは。私が見たかったのはむしろそういう芝居だったように思う。しかしそれは単に見世物として、そうした人たちを晒されるのを見たいというわけではない。

現実問題としての老いという問題なら、私には年老いた両親がいるし、最後の十年間を脳梗塞のため、痴呆状態のまま、老人介護施設で過ごした祖母がいた。『カメラマンの変態』の冒頭の食事介助の場面を見ながら、私は祖母が最晩年を過ごした老人介護施設で自分が祖母の食事介助したときのことを思い出した。私がそのとき特に感慨を抱くことなく、淡々と「さあ、おばあちゃん、食べな」と言いながらスプーンを口に運んでいたことを。

老人介護をめぐるこうした現実は私に限らず多くの人にとって既知の状況だ。しかし身の回りにそういう現実がある(あった)と言っても、そうした生の現実を私自身や関係する人々が直視できたか、そしてその現実を直視した上でそれについて率直に語ることができるか、考えることができるかといえば、そういうものではない。老人介護の問題には直視しがたい、率直に語りがたい、心理的障壁がある。

そうした人とそれらの人々の抱える問題を をどのように演劇的に提示することが可能なのか、というのを期待して私はこの作品を見に行ったのだが、この点では物足りなさを感じた。91歳の素人の老人を舞台に出すというのは「コロンブスの卵」と言っていい素晴らしい発想だと思う。しかし芝居自体はごく普通の芝居だった。「すごい!91歳のおじいさんが舞台に出て、芝居をしている!」という感動は確かにあるのだけど。

ザ・モニュメント 記念碑

themonument14.webnode.jp

  • 作: コリーン・ワグナー
  • 翻訳: 神保良介
  • 演出: 川口典成(ピーチャム・カンパニー)
  • 出演: 西田夏奈子  神保良介
  • 劇場:高田馬場 プロトシアター
  • 評価:☆☆☆☆

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2014年に同じ劇場で見た時も雪の日だったような気がする。

すごく陰惨で重い芝居だったという印象は強烈だったが、話の内容は覚えていなかった。しかし始まってすぐどんな話だったが記憶が蘇った。

若い兵士と女の二人芝居、2時間。
兵士は何人もの若い女性を拐かし、強姦し、殺害した。その罪で裁かれ処刑されようとするときに、女がやって来て女の命令にはそれがどんなものであっても従う、という条件で、兵士の処刑を免れさせる。兵士は鎖で繫がれ行動の自由を奪わる。女は兵士に対して常に強圧的にふるまい、ときに理不尽な要求を兵士にして、兵士を肉体的・精神的に苛む。

マリヴォーの一幕ものの芝居にあるようなある種の人工的な状況の下で展開する実験劇で、戦争中の独特の高揚感のなかで倫理観を麻痺させ女を陵辱し、殺害した状況が兵士によって再現される、あるいは女の命ずるままにその状況を再現させられる。圧倒的な権力関係のなかの暴力の残忍さを延々と見せつけられるきつい芝居だ。

こうした戦争がらみの極限状況を、日本人の俳優が説得力のある演技で再現することは難しい。生ぬるく平和の日本の状況が、この種の芝居に要求される苛烈さにそぐわないのだ。上村聡史演出のカナダのケベックの作家、ムワワッドの『アンサンディ』を見た時、岡本健や麻実れい、その他新劇系の俳優たちがあの作品で描き出されている悲惨な状況を、「上手に」演じれば演じるほど、私はそらぞらしさを感じた。

『ザ・モニュメント 記念碑』では状況を徹底的にきりつめ、抽出することで、日本人俳優でも説得力のある表現が可能な普遍性を持つことができているように思った。もちろんずっと極度の緊張を保ち続けたまま、激しい芝居を続ける二人の俳優の演技も素晴らしいとしかいいようがない。見ている方もその迫力に引き込まれながら、げっそりしてしまうような芝居なのだから、演じるほうの消耗度も相当なものだと思う。

プロトシアターという会場の殺伐とした倉庫のような空間も作品に合っていた。むき出しの石の床のひび割れが作品の雰囲気とマッチしていた。

青年団リンク ホエイ『郷愁の丘ロマントピア』

whey-theater.tumblr.com

  • 作・演出:山田百次(ホエイ|劇団野の上)
  • 出演:河村竜也(ホエイ|青年団) 長野 海(青年団) 石川彰子(青年団) 斉藤祐一(文学座) 武谷公雄 松本 亮 山田百次(ホエイ|劇団野の上)
  • 照明:黒太剛亮(黒猿)
  • 衣裳:正金 彩
  • 演出助手:楠本楓心
  • 制作:赤刎千久子
  • プロデュース・宣伝美術:河村竜也
  • 劇場:こまばアゴラ劇場
  • 評価:☆☆☆☆☆

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歴史のなかでその使命を終え消えてしまった共同体は無数にある。その町で暮らしていた人々の存在も、町の消滅とともに忘れ去られてしまい、時間の闇のなかに消えて行く。

ホエイの『郷愁の丘ロマントピア』は、私たちの今がそうした巨大な喪失の上に成り立っていることを教えてくれる作品だ。演劇的な手法で、ある町の歴史・物語を再現し、その町の記憶を召喚することで、そこで生きていた人々を厳かに鎮魂する。作品から聞こえてくる声の重なりの分厚さに圧倒され呆然とした気分になった。その声は、忘れ去られ、消え失せたものの膨大さを私たちに思い起こさせる。

背景を覆うホリゾント幕が表すダム湖のうす青色が静かに伝える、深く悲痛な思いに打ちのめされる。あの青の向こう側には、かつて多くの人たちが生活していた共同体があった。観客である私たちも俳優とともにこの人工湖の傍らに佇み、そこに沈んだ集落の日々を思う。

オーソドックスな回想の芝居だが、ホエイの演劇ならではの独自の視点と表現があた。ある土地の物語・歴史を、作り手と観客が自分たちの物語として、そして普遍性のある物語として、誠実に理解し、語り、受け止めることにはどうすべきなのかがが、しっかり考えられている作品だと思った。

SPAC『しんしゃく源氏物語』

http://spac.or.jp/the_tale_of_genji_2018.html

  • 演出:原田一樹
  • 作:榊原政常
  • 衣裳デザイン:朝倉摂
  • 舞台美術:松野潤
  • 出演:池田真紀子、石井萠水、大内智美、河村若菜、舘野百代、ながいさやこ、山本実幸
  • 劇場:静岡芸術劇場
  • 上演時間:100分
  • 評価:☆☆☆☆★

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SPAC最多上演レパートリー作品だが、私は見るのは今回がはじめてだった。
醜女の末摘花が荒れ果てていく家でひたすら光源氏の来訪を待つという話だ。
源氏物語』のエピソードをそのまま使っているが、劇作品となったこの『しんしゃく』は『ゴドーを待ちながら』のバリエーションになっている。

「もう光源氏はやって来ないかもしれない」という絶望感の中で貧困に喘ぎながらも、退廃することなく矜恃を保ち続け、健気に「待つ」姫を演じた池田真紀子がよかった。

彼女の演じた末摘花の高潔さが「待つ」という状況に重層的で形而上的な深さをもたらした。この作品を見た観客は、彼女が到来を待望していた「光源氏」にさまざまなものを投影するだろう。「光源氏」は自分ではどうすることもできない運命の象徴であり、この作品は運命に翻弄されつつ、運命に希望を託し、それにすがって生きていくしかない人間の姿を描いた悲劇だ。現れることのない光源氏は彼女を救い出す「白馬の王子」的な存在から、彼女の生存の本質にかかわる何かに変貌している。

待望の光源氏の再訪を知らされたとき、彼女は一度「会うのは嫌や」と拒んだ。その言葉のあとの数秒間の沈黙が作り出す緊張感がたまらない。あの数秒間に彼女の思い、悔しさが凝縮されている。最後の場面の末摘花の美しさは崇高さを感じさせるものだった。

七人の女優がみな素敵だった。女優の素晴らしさに注目してしまうような戯曲と演出だった。末摘花に寄り添う老女、少将を演じた舘野百代の芝居がとりわけ印象に残った。
姫と娘の間で葛藤し、混乱する様をコミカルに丁寧に演じていた。彼女の存在はこの劇の要となっていた。ひたすら待つ状況が続き、停滞するこの物語に心地よいリズムを作り出していた。

河村若菜が演じた叔母が末摘花をいびり倒す場面もリズミカルなのりがあってとても良かった。関西弁のいびりの勢いが、あの場面に絶妙の緊張感をもたらす。表情や仕草、口調の一つ一つにニュアンスがあり、俳優の細かい配慮と工夫が伝わってきた。意地悪演技は堂にいったもので、観客の笑いを取っていたが、単なる意地悪叔母さんではない思いやりのかけらみたいなところもさりげなく表現に入れているところが心憎い。

この作品は中高生鑑賞事業でも上演される。『源氏物語』が題材と言うことで多くの学校から申込みがあったそうだ。思春期のただなかで、希望と不安を抱えながら何か分からないものを待っている彼らがこの作品にどんな感想を持ち、どんな反応を示すのか知りたい。ある種の迷える子供たちにとっては、ひたすら待ち続ける末摘花の物語は、まさに自分の抱える実存への不安をかたちを与えてくれるような、たまらない体験になるのではないだろうか。

映画『勝手にふるえてろ』

furuetero-movie.com

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生き方をこじらせ、恋愛妄想のなかで生きる屈折した女性の物語。
主演の松岡茉優がとにかく素晴らしい。「こんなに可愛らしく歪んだ女の子がいるなんて!」と思わせる好演。Qの市原佐都子の世界に近いところがあるが、こじらせ妄想が発酵し過ぎてグロテスクな様相を露悪的に見せる寸前で留まっている。その絶妙の危うさが、松岡茉優が演じる人物をさらに魅力的にしている。

映像のなかでシームレスにつながる彼女の妄想世界と現実を抜群の演技センスで表現する。監督の演技演出も細部まで計算しつくされていることがわかる。

FUKAIPRODUCE羽衣の名曲《サロメvsヨカナーン》のリフレインは「一人ぼっちよりもましだから愛している」だが、本当の孤独に陥った彼女が「本当の」恋に行きつくラストの切なさと苦さが感動的だ。これは女性のエディプス・コンプレックスの物語にもなっている。

大傑作。

2017年の観劇生活(新年のあいさつにかえて)

新年あけましておめでとうございます。

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今年は120本の作品を見た。例年より若干多め。

前は見た芝居の感想をすべてブログに記していたが、この2年ぐらいはそれができなくなった。ただ舞台作品を見た後は見た作品をエクセルに記録している。記録漏れもいくつかあると思うが。

見た後に五つ星の評価をつけている。☆☆☆☆☆が満点。見た直後の印象で点をつけている。

今年五つ星をつけたのは、以下の13本。

ただ星の評価は観劇直後の印象でつけているので、今思い返してみると、五つ星評価でもその舞台の印象があまり残っていない作品もある。

今年は高野竜さんの平原演劇祭が第6部まであったのだけれど、インド・バングラディシュで行われた第2部以外はすべて見ることができた。いずれも破天荒で実に愉快で充実した「演劇」(かっこつき)だった。私にとっては今年は平原演劇祭フィーバーの年だった。
観客発信メディアWLの

http://theatrum-wl.tumblr.com/post/168090546731/おしらせ2017年の3本募集

theatrum-wl.tumblr.com

では別の作品を上げる可能性もあるけれど、私の2017年のベストスリーは、舞台芸術としては異色すぎる「平原演劇祭」を除くと

  1. George Balanchine振付『 Le Songe d'une nuit d'été (夏の夜の夢)』(3月、パリ・オペラ座) 
  2. SPAC『病は気から』(10月、静岡芸術劇場)
  3. ゴキブリコンビナート『 法悦肉按摩 』(7月、小金井公園内特設テント)

となる。バランシン振付のオペラ座バレエ『夏の夜の夢』は3月にパリに滞在したときに、現地で思い切って買ったチケットだったが、その夢幻の表現、原作の舞踊的な読み替えの発想のあまりのすばらしさに感動して鼻水が噴き出るほどだった。SPACの『病は気から』は、古典劇としてのモリエールを現代日本の喜劇として成立させるための演劇的仕掛けを評価したい。今でもモリエールが至る所で上演されている本場のフランスでフランス人観客にこのノゾエ版を見せたいなあ。ゴキコンは久々の本公演。彼らの常にこちらの期待以上の過激なパフォーマンスで観客を楽しませてくれる。今回も奇抜なアイディアで様々な阿鼻叫喚の場面を提供してくれた。

このほか、印象に残った舞台作品は、ニース国立劇場で見たランペドゥーザ島を目指す難民たちの芝居Esperanza、パリで見た独創的なメタ演劇ナンセンス喜劇26000 couverts の『À bien y réféchir, et puisque vous soulevez... 』、 全員が「ボトム」を演じるカクシンハン『夏の夜の夢』、非舞台的なテクストを斬新なアイディアで舞踊化したサファリ・P『悪童日記、特異な身体性でことばをねじまげ、空間をデフォルメさせる地点の舞台(松原俊太郎作、三浦基演出の『忘れる日本人 』、チェーホフ『かもめ』)、シンプルで緊張感に満ちた力強い舞踊歌唱劇、アヴィニョンで見たLemi Ponifasioの『Standing in Time 』、原作にまつわる複数のテクストを再構成し、狂気に満ちた強力な前衛的時空を作り出したカストルフ『偽善者たちのカバラモリエールの伝記を二人の役者の見事な技巧で劇的な語りとして再構成した Ronan Rivière『Le Roman de Monsieur Molière』音羽屋と宮城聰のコラボによる歌舞伎の新作マハーバーラタ戦記 』、学生たちの若々しいエネルギーが圧巻だったミュージカル Seiren Musical Project 『Bring it on!』
2017年のベスト・アクトはアヴィニョンのオフで見たLe Roman de Monsieur MolièreのRonan Rivière ロナン・リヴィエールだ。たとえフランス語がわからなくてもこの俳優のすばらしさは見れば誰でもわかるだろう。しなやかで美しい動き、そして流麗な語りがもたらす快感。自主公演であるオフのプログラムでこんな芝居、こんな俳優に出会えると感動が大きい。

 

2017年に見た舞台作品の一覧は以下の通り。

  1. 2017/01/02 渡辺源四郎商店『コーラないんですけど』@ こまばアゴラ劇場
  2. 2017/01/03 ケネス・ブラナー、ジョン・オズボーン作『テイナー 』@シネ・リーブル池袋
  3. 2017/01/08 竹本駒之助、鶴澤津賀花『 冥途の飛脚 封印切の段』@The Glee
  4. 2017/01/08 勅使川原三郎、佐東利穂子 『シェラザード』@KARAS APPARATUS
  5. 2017/01/21 地点『ロミオとジュリエット』@ 大隈記念講堂
  6. 2017/01/22 SPAC『冬物語』@ 静岡芸術劇場
  7. 2017/01/24 菊五郎『しらぬい譚』@国立劇場大劇場
  8. 2017/01/25 カイヤ・サーリア作、ホ ロベール・ルパージュ演出『遙かなる愛』@新宿ピカデリー
  9. 2017/01/26 百景社『銀河鉄道の夜』@こまばアゴラ劇場
  10. 2017/01/29 一見劇団『若き日の次郎長』@篠原演芸場
  11. 2017/02/01 庭劇団ペニノ『ダークマスター』@こまばアゴラ劇場
  12. 2017/02/06 国立劇場文楽『冥途の飛脚』@ 国立劇場小劇場
  13. 2/11 ジョエル・ポムラ作、 松本祐子(文学座)演出『 うちの子は』@せんがわ劇場
  14. 2/21 Opéra de Nice『Eugène Onéguine」@Opéra Nice
  15. 2/28 Peter BrookBattlefield』@Théâtre national de Nice
  16. 3/2 Aziz Chouaki作、 Hovnatan Avédikian演出『Esperanza』@Théâtre national de Nice
  17. 3/8 Guillaume Vincent演出『Songes et Métamorphoses』Théâtre de Caen
  18. 2017/03/10 Gérard Watkins作・演出『Scènes de la violence conjugale』@Espace 1789
  19. 2017/03/11 26000 couverts ! 『À bien y réféchir, et puisque vous soulevez...』@ Le Montfort 
  20. 2017/03/12 Théâtre National Populaire Villeurbanne、 Aimé Césaire作、 Christian Schiaretti演出『 La Tragédie du Roi Christophe』@Les Gémeaux
  21. 2017/03/14 Ballet de l'Opéra、 George Balanchine振付『 Le Songe d'une nuit d'été』@Opéra Bastille
  22. 2017/03/18 RoMT『夏の夜の夢』@サンモールスタジオ
  23. 2017/03/19 高野竜『平原演劇祭2017第2部「芝がするどく鳴ってゐる」』 豆茶房でこ
  24. 2017/03/19 玉田企画『少年期の脳みそ』@アトリエ春風舎
  25. 2017/03/20 SPAC『野田版 真夏の夜の夢』@静岡芸術劇場
  26. 2017/03/23 カクシンハン『夏の夜の夢』@シアター風姿花伝
  27. 2017/03/25 サファリ・P 『悪童日記』@こまばアゴラ劇場
  28. 2017/03/29 剣戟はる駒座@新開地劇場
  29. 2017/03/29 岡登志子演出『緑のテーブル2017』@神戸アートビレッジ・KAVCシアター
  30. 2017/04/13 地点×KAAT、 松原俊太郎作『忘れる日本人』@KAAT 中スタジオ
  31. 2017/04/14 無隣館 『南島俘虜記』@こまばアゴラ劇場
  32. 2017/04/15 劇団乾電池『タバコの害について/夏の夜の夢』@明治座
  33. 2017/04/16 竹本駒之助、鶴澤寛也『玉藻前朝陽曦袂 三段目』@ 紀尾井ホール
  34. 2017/04/24 水族館劇場『この丗のような夢・全』@ 花園神社仮設劇場
  35. 2017/04/29 SPAC『1940-リヒャルト・シュトラウスの家』@ 静岡音楽館AOI・ホール
  36. 2017/04/29 フィリップ・ホーホマイアー作、 ニコラス・シュテーマン演出『ウェルテル! 』@静岡芸術劇場
  37. 2017/04/30 成井豊演出『 スキップ』@サンシャイン劇場
  38. 2017/05/03 ムハンマド・アール=ラシー 『ダマスカス While I Was Waiting』@静岡芸術劇場
  39. 2017/05/03 タニノクロウ『MOON』@舞台芸術公園 野外劇場「有度」
  40. 2017/05/05 SPA『アンティゴネ:時を超える送り火』@駿府城公園
  41. 2017/05/06 ジゼル・ヴィエンヌ『腹話術師たち、口角泡を飛ばす The Ventriloquists Convention』@ 静岡芸術劇場
  42. 2017/05/07 高野竜 『平原演劇祭2017第4部 文芸案内朗読会演劇前夜&うどん会 「や喪めぐらし」(堀江敏幸「めぐらし屋」より)』@目黒区駒場住区センター
  43. 2017/05/12 前進座『裏長屋騒動記』@ 国立劇場大劇場
  44. 2017/05/20 小川絵梨子演出『マリアの首』@新国立劇場小劇場
  45. 2017/06/09 FUKAIPRODUCE羽衣『愛死に』@東京芸術劇場シアターイース
  46. 2017/06/10 コトリ会議『あ、カッコンの竹』@こまばアゴラ劇場
  47. 2017/06/11 Qアナザーライン こq『地底妖精』@SCOOL
  48. 2017/06/14 FUKAIPRODUCE羽衣 『愛死に』@東京芸術劇場シアターイース
  49. 2017/06/22 青年団『さよならだけが人生か』@吉祥寺シアター
  50. 2017/06/28 玉田企画『今がオールタイム・ベスト』@アトリエ・ヘリコプター
  51. 2017/06/29 壁なき演劇団・演劇集団ア・ラ・プラス 『ビザール〜奇妙な午後〜』@ シアター風姿花伝
  52. 2017/07/01 ゴキブリコンビナート『法悦肉按摩』@小金井市某所野外テント
  53. 2017/07/07 François Tantot『Hygiène de l'assassin』@Théâtre du Grand Pavois
  54. 2017/07/06 Bernard-Marie Koltès『Dans la solitude des champs de coton』@Théâtre des Halles
  55. 2017/07/06 SPAC『アンティゴネ』@ アヴィニョン教皇庁中庭
  56. 2017/07/07 Lemi Ponifasio『Standing in Time』@Cour du Lycée Saint-Josph
  57. 2017/07/08 Frank Castor『Die Kabale der Scheinheiligen. Das Leben des Herrn de Molière』@Parc des expositions
  58. 2017/07/09 Olyvier Py『Les Parisiens』@La Fabrica
  59. 2017/07/10 Ronan Rivière『Le Roman de Monsieur Molière』@Chapelle des Templiers
  60. 2017/07/10 Patrice Le Namouric『 Cyclones』@Chapelle du verbe incarné
  61. 2017/07/22 ヤリナゲ『 預言者Qの生涯』@こまばアゴラ劇場
  62. 2017/07/23 野村萬斎子午線の祀り』@世田谷パブリックシアター
  63. 2017/07/26 ナカゴー『ていで』@浅草九劇
  64. 2017/07/30 肉汁サイドストーリー・テアトル無宿『アリスの条件/ラブへの答え 』@阿佐ヶ谷シアターシャイン
  65. 2017/08/02 DE PAY’ S MAN『STREET × 経済 = STORY?』@ studio空洞
  66. 2017/08/05 新国立劇場演劇研修所『朗読劇 ひまわり』@ 新国立劇場小劇場
  67. 2017/08/07 黒田瑞仁(ゲッコーパレード)『 煙草の害について』@こまばアゴラ劇場
  68. 2017/08/07 リクウズルーム×努力クラブ『ARE YOU WEARING CLOTHES? 』@こまばアゴラ劇場
  69. 2017/08/08 スタッフド・パペット・シアター『マチルダ』@ プーク人形劇場
  70. 2017/08/09 Violet Eva (紫ベビードール)『midweek burlesque』@7th Floor
  71. 2017/08/18 演劇活動 わたしとともに現前『あの夏の日の午後』@Gallery LIPP
  72. 2017/08/19 劇団サム『K』@ 練馬区生涯学習センター
  73. 2017/08/20 カクシンハン『タイタス・アンドロニカス』@吉祥寺シアター
  74. 2017/08/22 FUKAIPRODUCE羽衣『瞬間光年』@こまばアゴラ劇場
  75. 2017/08/25 ホエイ『小竹物語』@アトリエ春風舎
  76. 2017/08/26 genre:Gray 黒谷都 『 涯なし』@ キラリふじみ
  77. 2017/09/03 りくう 朝日山裕子 『俳優支配』@野方スタジオ
  78. 2017/09/09 ふくおかかつひこ『詩人の恋』@野方スタジオ
  79. 2017/09/08 Q『妖精の問題』、こまばアゴラ劇場
  80. 2017/09/11 Q『妖精の問題』、こまばアゴラ劇場
  81. 2017/09/21 地点『かもめ』@アンダースロー
  82. 2017/09/22 マタヒバチ『ここにおろか』@ 京大西部講堂前テント
  83. 2017/09/23  高野竜『平原演劇祭2017第5部』@ 旧加藤家住宅
  84. 2017/09/24 伊藤企画 『きゃんと、すたんどみー、なう。 』@アトリエ春風舎
  85. 2017/09/30 HEADZ 『を待ちながら』@こまばアゴラ劇場
  86. 2017/10/01 人形劇団ココン 『糸による奇妙な夜』@ 芸能花伝舎
  87. 2017/10/08 SPAC『病は気から』@ 静岡芸術劇場
  88. 2017/10/10 片岡仁左衛門『 霊験亀山鉾』@ 国立劇場
  89. 2017/10/12 笑の内閣『名誉男性鈴子』@こまばアゴラ劇場
  90. 2017/10/13 マレビトの会『福島を上演する』@シアターグリーン
  91. 2017/10/14 柴幸男 『わたしが悲しくないのはあなたが遠いから』@東京芸術劇場シアターイース
  92. 2017/10/15 菊之助菊五郎マハーバーラタ戦記』@歌舞伎座
  93. 2017/10/17 前進座『栁橋物語』@三越劇場
  94. 2017/10/19 新国立劇場『トロイ戦争は起こらない』@新国立劇場
  95. 2017/10/20 iaku『ハイツブリが飛ぶのを』@こまばアゴラ劇場
  96. 2017/10/26 青島広志『オペラ サド侯爵夫人』@渋谷区文化総合センター大和田 6階伝承ホール
  97. 2017/10/27 ムべネ・ムワンベネ『虎のはなし』@シアターカイ
  98. 2017/10/28 石神井東中学演劇部 『おこんじょうるり』@練馬区生涯学習センター
  99. 10/29 石神井東中学演劇部『ヒミツキチ〜Our Secret Base〜 』@練馬区生涯学習センター
  100. 2017/11/01 鮭スペアレ『ハムレット』@ザムザ阿佐ヶ谷
  101. 2017/11/02 いいむろなおきマイムカンパニー『doubt』@こまばアゴラ劇場
  102. 2017/11/03 トネールグループ・アムステルダム『オセロー 』@東京芸術劇場プレイハウス
  103. 2017/11/07 木ノ下歌舞伎『心中天の網島─2017リクリエーション版─ 』@横浜にぎわい座野毛シャーレ
  104. 2017/11/09高野竜『平原演劇祭2017第6部 十月革命100周年記念「亡命ロシア料理と革命音楽の夕べ」』 @目黒区
  105. 2017/11/10 マリー・ブラッサール 『ネリー・アルカンこの熱き私の激情』@天王洲 銀河劇場
  106. 2017/11/11 劇団肋骨蜜柑同好会『白痴』@新宿眼科画廊地下
  107. 2017/11/14 尾上松緑『坂崎出羽守』@国立劇場大劇場
  108. 2017/11/14 尾上松緑中村梅玉『沓掛時次郎』@国立劇場大劇場
  109. 2017/11/17 こまつ座『きらめく星座』@紀伊國屋サザンシアター
  110. 2017/12/03 市川中車『らくだ』@ 歌舞伎座
  111. 2017/12/03 尾上松緑片岡愛之助『蘭平物狂』@歌舞伎座
  112. 2017/12/03 市川中車坂東玉三郎瞼の母』@ 歌舞伎座
  113. 2017/12/03 坂東玉三郎楊貴妃歌舞伎座
  114. 2017/12/07 城山羊の会『相談者たち』@三鷹市芸術文化センター
  115. 2017/12/10 SPAC『変身』@静岡芸術劇場
  116. 2017/12/11 関係舎『架空の実験室 vol.1 』@新宿シアター・ミラクル
  117. 2017/12/15 ゲッコーパレード『とにかく絵の具を大量にかけるでしょう。』@旧加藤家住宅
  118. 2017/12/17 チカパン、加納真実 『赤と青の年末大掃除!』@ スタジオエヴァ
  119. 2017/12/17 Seiren Musical Project 『 Bring it on ! 』@六行会ホール
  120. 2017/12/28 トマ・ブーヴェ&太田宏『 Larmes / 涙』@ studio seedbox

トマ・ブーヴェ&太田宏『Larmes / 涙』

フランスの劇作家・演出家トマ・ブーヴェと青年団所属の俳優、太田宏の『Larmes 涙』を京都に見に行った。ブーヴェは京都のヴィラ九条山で滞在制作を行った。作品は完成品ではなく、試演会的なもの。上演時間60分。
太田宏は平田オリザ作の『別れの唄』(大好きな作品だ。フランス語の授業でもしばしば学生に見せている。日仏文化の齟齬を考える教材としても素晴らしい。)などこれまで日仏共同制作の演劇作品に何本か出ているが、今回は一人芝居、それもフランス語での一人芝居ということで、がぜん興味を掻き立てられた。しかも作品制作のプロジェクトはスタートしたばかりである。もし可能ならこの日仏プロジェクトの立ち上げから、フランスおよび日本での公演までの過程を追っかけて、記録できないかという目論見もあった。

work in progress、つまり作りかけの作品の試演会ということで、舞台作品としてはまだ到達形には程遠い。正直そんなに面白い作品ではなくて、いかにも今のフランス演劇人が作りそうな作品だなあと思ってみていた。

紗幕で客席と演技エリアが遮られ、太田宏は紗幕越しに演技をする。照明は終始暗い。紗幕の向こうの演技で、動きは左右の水平だけ。最初はぽつぽつと断片的にフランス語の単語をつないでいく感じだが、だんだんスピードアップしき、言葉も圧縮されていく。

脚本はかなり抽象的で物語性に乏しい。「孤独」や「闇」といった主題にまつわるベタな語彙が繰り返され、テクストとしては単調で魅力に乏しいような。日本語版の上演が1年半後(!)に予定され、そのあとパリでダンサー二人を加えた上で上演される予定とのこと。とりあえず今日の試演会が一つの区切りらしい。太田宏はとりあえずフランス語のセリフを詰め込んだという感じで、その言語表現をまだしっかりコントロールできている感じがしない。今日の公演では、なぜ日本人の俳優を使ってこのテクストを上演しようと思ったのか、私にはよくわからなかった。終演後に作・演出家のブーヴェに聞くと、10年前、京都で出会った日本女性(泣いていたそうだ)のイメージがテクストの出発点だったから、京都で滞在してのプロダクションとして、日本人俳優でこのイメージを核とした作品を上演したいのだというようなことを言っていた。

太田のフランス語はまだリズムもイントネーションもぎごちない。フランス語については日本語なまりをあえて残すのではなく、もっとなめらかで自然な発声を目指すとのこと。
紗幕にプロジェクションマッピングで映像を映し出していたが、日本で上演するにしてももしかするとあえてフランス語で演じて、日本語字幕を出すかたちのほうがいいかもしれない。

主題といい、テクストといい、演出と言いある種のフランス演劇人の型にはまった感じの作品だったが、今後、太田宏が言語をコントロールできるようになり、作家・演出家に対抗できるようになったときに、どう変化していくのかに注目したい。

Villa Kujoyama | トマ・ブーヴェ&太田宏

劇団肋骨蜜柑同好会『白痴』

次回公演情報 | 劇団肋骨蜜柑同好会

 

  • 原作:坂口安吾「白痴」
  • 構成・演出:フジタタイセイ
  • 美術:海月里ほとり
  • 出演:笹瀬川咲 (劇団肋骨蜜柑同好会)、石黒麻衣 (劇団普通)、兎洞大、小島望、るんげ (肉汁サイドストーリー)
  • 劇場:新宿眼科画廊地下
  • 上演時間:75分
  • 評価:☆☆☆

 

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登場人物表では「人間」役がひとり、その他は豚、犬、鶏、家鴨となっている。豚となっている役柄が白痴の女の役だ。

坂口安吾は私が最も大きな影響を受けた作家であり、高校時代に全集レベルで読んでいる特別な作家だ。既に自分のなかに安吾の文学についてのあるべきイメージがあるがゆえに、どうしても厳しめに見てしまう。

フジタタイセイ構成・演出の「白痴」は、原作の世界をほぼ忠実に演劇化した作品だった。壁際に設置された二つの観客席にはさまれた、廊下のような細長いスペースが演技エリアとなる。中央には畳が二畳敷かれている。「人間」(これは物語の語り手である「伊沢」である)以外の登場人物は、それぞれ口の部分に豚、犬、鶏、家鴨のマスクを付けたままだが、この動物扮装のままで他の登場人物をも演じる。小説の地の文がそのまま朗読される。

坂口安吾は高校時代に熱中して読んだ作家だが、その後は折りに触れてしか読んでいない。「白痴」も長らく読んでいないが、小説の世界がほぼそのまま再現されるので、舞台を見ているうちにそのディテイルも浮かび上がってきた。「白痴」は繊細でロマンチックな物語だ。そこでぬけぬけと表される自嘲と虚無感が、今の自分からすると気恥ずかしい。安吾はその語り口ゆえに本質的にファルス作家だと思った。

舞台の情景は「白痴」の演劇的再現あるいは解説のようなものに感じられた。語りの内容を、絵本でわかりやすく提示されるような感じである。しかしもし舞台が小説の演劇的説明に過ぎないのであれば、敢えて舞台化する必要はないではないか?そんなことを思ってしまうような退屈な舞台だった。中途半端に演劇化されたものを見せられるよりは、安吾の言葉をテクストとして読み取り、そこから直接頭の中にイメージを作り出したほうがいいではないか。俳優の身体と凡庸な演出で、縮こまった「白痴」を見せられるよりも。舞台で「説明」するのであれば、こちらをぎょっとさせるくらいの精度で徹底的に作品世界を立体化させて欲しい(例えばハネケによるカフカの『城』のように)。そうでなければ、演出家のアイディアと俳優の身体で、テクストの読解では誰もが気づかなかったような新たな解釈の可能性を示すような舞台が見たい。

この熱き私の激情〜それは誰も触れることができないほど激しく燃える。あるいは、失われた七つの歌

www.parco-play.com

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作品の題材にせよ、宣伝のしかたにせよ、私のような中年おやじは観客のターゲットとして想定されていない舞台作品なのだが、ケベックの女性小説家の原作をケベック人女性演出家が翻案・演出した作品ということで見に行った。

マリー・ブラッサールはケベックの演出家のなかでも注目されている存在のようだ。ルパージュと長年一緒に仕事をしたそうだが、一辺2メートルほどの正方形のボックス10個を2段にならべた舞台美術の美しさ、センスのよさは、確かにルパージュを連想させる。音楽もいい。ただし日本語の歌詞の歌は今一つだった。

七人の女性キャストが、元高級娼婦の作家で36歳の若さで自殺したネリー・アルカンのテクストを、各ボックスのなかで読み上げるモノローグ劇。アルカンのテクストはいずれも文学的な表現に彩られた私語りだ。

俳優も美術も悪くないのだけれど、今一つその表現が空回りして、心に響かないのは、私がこの作品の世界にあまり興味を持てないことに加え、物語と演出スタイルが日本人女優にマッチしていないからだと思った。華奢な日本人女性の身体は、ネリカンのテクストの世界とあの演出では、表現に説得力を持ち得ない。

客席は空いていた。この七人のキャストでも集客が厳しいのか。興行は難しい。招待客がたくさん混じっているような感じがした。「この熱き私の激情」という日本語タイトルのセンスもなんかなあという感じがする。原題はLa fureur de ce que je penseなので、やりすぎの意訳というわけではないのだけれど。

リー・アルカンがフランスやケベックでどれくらい人気のある作家なのか私は知らないのだけれど、日本でのパルコでのキャンペーンのしかたは(映画も含め)あまりにも俗っぽい紋切り型で私は興ざめだ。ケベックものということで応援したいのだけれど。

舞台は手法的な面白さはあったけれど、ネリーの抱えていた問題は、共有共感し難かったのが、あまりこの作品に乗れなかった大きな理由だと思う。ある種の女性観客層にはアピールするところはそれでもあるのかもしれない。

映画も舞台もすごく陳腐でありきたりのイメージの中に、彼女を押し込めているなという感じがした。その取り扱われ方、消費のされ方に、彼女の本質的な悲劇性があるという逆説が露呈されていたとも言えるのでは。