「演劇×介護×子育て」ナイト #2
に行ってきた。ドイツの公立劇場で女優として活動を続ける原サチコさんに、「演劇と子育て」について聞くというもの。
今30歳で、フランスで舞台女優をやっている竹中香子さん自身が子供を近いうちに持ちたいという強い願望を持っていて、今日の企画を思いついたという。
今30歳で、フランスで舞台女優をやっている竹中香子さん自身が子供を近いうちに持ちたいという強い願望を持っていて、今日の企画を思いついたという。
リーディング公演Vol.4:『ヤルタ・ゲーム』
作:ブライアン・フリール
翻訳・演出 江尻裕彦
出演:真那胡敬二、中井奈々子
会場:アポロカフェワークス
新宿区山吹町296 コーポ山吹102
上演時間:55分
評価:☆☆☆☆★
------
『ヤルタ・ゲーム』はアイルランドの劇作家、フリールによるチェーホフ『犬を連れた奥さん』の翻案劇である。黒海に臨むロシアの保養地、ヤルタで出会った初老の男と若い既婚婦人との不倫の愛の物語だ。
江戸川橋と神楽坂の間、住宅街の路地にあるアポロカフェワークス。←ココカラ『ヤルタ・ゲーム』。アイルランドの劇作家ブライアン・フリールの作品なので、面白くないわけはないだろう。
←ココカラは、江尻裕彦が邦訳がない英語の劇作品を翻訳・演出し、リーディングというかたちで上演するユニットだ。第3回公演は2015年11月だからだいぶ間が空いてしまった。今回の第4回公演が仕切り直しということになる。しかし公演のスタイルは変わっていない。カフェを会場にした少人数の俳優によるリーディング。邦訳のない作品を選んでいるが、作品の選択が絶妙だ。リーディングという上演形式にふさわしい作品が、リーディングという形式だからこそ味わうことのできる魅力を引き出す演出で、上演される。しっとりとした大人の楽しみといった雰囲気のなかで、演劇の言葉の世界に浸ることができる。
『犬を連れた奥さん』の登場人物は二人だ。観客に向かって右側に初老の男性俳優(真那胡敬二)が座り、右側に若い既婚婦人(中井奈々子)が座る。俳優の前には譜面台が置かれ、俳優は観客のほうを向き、座ったまま、リーディングを行う。朗読は過剰に芝居臭くならないように、しかし明瞭に観客にメッセ—ジが伝わるように、しっかりとコントロールされている。座ったままの朗読だが、表情の変化や目の動き、そして手足が絶妙のタイミングで動くことで、そうしたディテイルが観客の想像力を引き出すキューになっている。←ココカラの公演を見ると、リーディング公演ならではの演劇の面白さに気づかされる。俳優の表現にはリーディングゆえの枷がかけられている。しかしそうした表現上の枷は、繊細にコントロールされた声、表情、手足の動きを通して、むしろ観客の想像力を引き出す仕掛けとして機能する。物語の展開が観客の興味をひくものであることはもちろん重要だ。観客と演者の関係は演劇よりはるかに親密だし、そしてその相互反応も緊密だ。落語の技術と似ているところがあるかもしれない。演者と観客のリズムがうまくかみあったとき、その相互反応のなかに濃厚なドラマが生まれる。すーっと静寂に包まれるような時間が現れる。
二人の俳優がよかった。中井奈々子は大柄でえくぼが印象的な美しい女優だった。どうしようもない日々の退屈のなかで、不倫の愛の深みにずるずるとはまり込んでいく二人の関係には悲壮で滑稽な絶望感とともに軽やかで明るい解放感もある。こんな不倫に溺れてみたいものだ、と思ってしまうような素敵な公演だった。
----
劇団サムは、練馬区立石神井東中学の教員で演劇部の顧問だった田代卓が、教員退職後に同部のOBOGとともに四年前に立ち上げたアマチュア劇団だ。卒業後はバラバラになる中学演劇部のOBOGによる劇団は全国でも稀なはずだ。田代は卓越した中学演劇の指導者で、在職中は同中学演劇部を都大会出場の常連にし、関東大会、全国大会に導いた。退職後は嘱託教員として練馬区の中学に勤務し、演劇指導をしていたが(今もしているかもしれない)、そのかたわらで自分が演劇指導した卒業生たちと劇団を立ち上げたのだ。
2年前に旗揚げ公演を行い、以降、年に一回、一日一回のみの公演を行っている。私は昨年の第2回公演から見ている。会場は練馬区立生涯学習センターのホールで三百席の会場だ。今日の公演ではこの三百席が満席になった。有料公演ではなくフリーカンパ制になっている。
劇団サムの公演は、母胎である石神井東中学演劇部の公演とセットで行われる。今日は15時から石神井東中演劇部による『スパークル』、16時から同部による『キミホン〜君の本音がききたい〜』の上演があり、17時半から劇団サムの『やっぱりパパイヤ』(阿部順作、田代卓演出)の上演があった。
石神井東中演劇部の『スパークル』、『キミホン〜君の本音がききたい〜』はどちらも部員によるオリジナル台本の作品だった。『スパークル』はグループ・ダンスを題材としたスポ根青春ものの作品。友情と挫折、そしてダンス合戦。あまりにもシンプルで定型的なストーリーで脚本の弱さは否めないが、出演者の個性と魅力が引き出されていて、見ていて気持ちのいい舞台だった。場面転換の際の、ホリゾント幕を背景に、俳優たちがシルエットになる場面が美しかった。もっとあの場面はじっくり見たい感じがした。見せ場となるダンスの場面は一所懸命作って、稽古したきたことが伝わって来た。
『キミホン〜君の本音がききたい〜』は、荒唐無稽な設定と展開の脚本に笑わされた。人が本音を表明してしまうから諍いが起こる。無用な諍いを避けるために「本音を表明することを禁止する」と言う「世論改革」(?)が行われ、人前で本音を表明した者は国家権力によって処罰されるようになった。嫌な目にあっても本音を言ったら逮捕される。恋愛で恋の告白をしても逮捕されてしまうという過剰監視のディストピアの様子が、ナンセンスなドタバタ喜劇のかたちで演じられる。
中学演劇部が兵器マニアの巣窟で武器製造していたり、海底火山噴火で東京湾に出現した島が日本から独立し、そこが反=世論改革の拠点となったり、この島に当局から追われた中学生などが集結し、演劇部員が作った武器で政府当局と戦ったりするなど、展開は思いつきの連鎖のように暴走していく。最後には「本音禁止」の政策を作ったのは、恋を告白した男の子に片思いしていた同級生の女の子だったことが明らかになる。「ヨロンカイカク」で本音の吐露が禁止されているにも関わらず恋の告白をしてしまった男が逮捕されたというニュースのあとで、東京湾で海底火山爆発、新しい島ができて、日本からの独立を宣言、というニュースの場面があって、こんなニュースなんでわざわざと思っていたら、それが反政府運動の拠点となる伏線だったという強引さには笑った。この他にも小ネタが満載。
中学生なりに社会動静を観察して作り上げた諷刺喜劇なのだが、その展開の自由奔放さは、大人の劇作家からはまず生まれないものだ。
コンクールなどでは荒っぽく非現実的な展開ゆえに高い評価はまずされないように思うが、その暴走ぶりが爽快で、演技の拙さ、もたつく台詞のテンポにも関わらず、途中から爆笑モードでの観劇となった。中学生たちが楽しんでこの作品作りにかかわっていたことが伝わってくる舞台だった。この作品を見守り、上演させた顧問の先生は偉い。
30分ほどの休憩を挟み、17時半から劇団サムによる『やっぱりパパイヤ』の上演が始まった。阿部順作のこの作品は高校演劇でよく上演される作品のようだ。『やっぱりパパイヤ』は5場構成の芝居だ。上演時間は75分ほど。果物のパパイヤの話ではなく、高校演劇部の娘とその娘の父親の話だ。思春期の娘は父親を敬遠している。でも父親は娘が愛おしくてたまらない。娘が書いた演劇部公演の脚本を、父親が書き換えてしまうことで起こるドタバタ喜劇で、上演中は何度も大きな笑いが会場から沸き上がった。思春期の父娘の関係のステレオタイプを利用したよくできた脚本だった。ギャグこの芝居も出演者たちがのびのびと楽しんでやっている様子が観客に伝わってきて、それが会場にリラックスした喜劇観劇の空気を作り出していた。
劇団サムは今回で3回目の公演となり、メンバーも高校生から大学生、社会人まで幅が広がった。やはりその前にやっていた中学演劇とは雰囲気がまったく違う。腰が据わっているというか、どっしり落ち着いた感じだ。中学演劇は中学生俳優が一所懸命かつ楽しんでやっている様子が伝わってくるのがよかったのだが、サムになるとコントロールされた演技によって観客の反応を引きだそうとしている。
演技の全体的なクオリティは昨年の公演よりもはるかに向上していた。リズミカルな心地よいテンポが維持され、俳優間のアンサンブルも昨年より緊密になっている。お父さん、お母さんといった大人役の俳優もさまになっていて、この二人はほぼずっと舞台に出ずっぱりだったが、芝居の緊張感が途切れない。劇中劇でヒロイン役を演じた太めの女優が可愛らしく、その演技もポップでとてもよかった。
三回目となった今回の公演で、劇団サムは新しい段階に一歩を踏み出したような気がした。制作面で、田代が一人で背負うのではなく、劇団サムのメンバーに委ねられる部分が大幅に増えたようだ。今回の公演では色刷りの美しい当日パンフレットが用意されたが、この手配は劇団メンバーが中心に行ったという。
メンバーの最年少は田代が石神井中の顧問をやめた後に演劇部に入った高校一年生、最年長は二十一才で社会人となり、出演者の幅も広がった。田代がいてこそ結集できた集団だが、三回の公演を経た今、田代のもとで指導されるがままではなく、自律した集団として歩み始めつつある。田代はこの劇団は参加者の熱意だけに支えられて成り立っており、来年の保証はないと当日パンフレットに書いている。学校という制度的な枠組みを持たず、しかもメンバーそれぞれの日常の活動の場がバラバラで生活環境が変わりやすい状況で、劇団を維持するのは実際たやすいことではないだろう。しかしメンバーは年ごとに入れ替わりつつも、このままこの劇団が公演を続けていくと、ユニークで面白い演劇的状況がこの劇団から生まれることが期待できる。
哲学者の長谷川宏が主宰する所沢の学習塾赤門塾で、毎年行われる演劇祭は塾のOBOGの参加者とともに40年続き、きわめて独創的で面白い演劇文化を生み出している。田代が主宰する劇団サムもせめてあと十年は続いて欲しい。年ごとに変化していくなかで、十年後の劇団サムは類例のない独自の演劇文化を生み出すポテンシャルを持っている。私はそれを見届けたい。
2018/06/09 25:00開演 @横浜市鶴見区入船公園付近(JR浅野駅下車すぐ)観劇無料・雨天決行
【出演】最中、ソらと晴れ女、嵯峨ふみか、小関加奈、角智恵子、高野竜
【交通】JR鶴見線 浅野駅
【持ち物】懐中電灯、度胸
------
深夜1時開演の夜通し公演、懐中電灯持参の野外芝居となると、こちらの好奇心は否応なしにかき立てられる。演劇ファンだったら年に何回かはこうした酔狂な企画に関わるものだろう。なんといっても高野竜が主宰する平原演劇祭の公演である。面白くないわけがない。
静岡で午前11時開演、午後8時半に終演した『繻子の靴』を見終えた後、21時12分に東静岡から東海道線鈍行に乗って横浜まで行き、横浜から京浜東北線の鶴見駅まで行った。鶴見駅に到着したのは深夜0時15分だった。公演会場の鶴見線の終電はもう終わっているので、高野さんに車で迎えをお願いしていた。深夜1時から朝にかけて公演ということで、観客は下手すると私ひとりかもしれないと思っていたのだが、私以外に鶴見線終電後に駅についた観客が二人いた。高野さんは鶴見駅東口のロータリーにあるファミリーマートの前に車を止め、われわれを待ち受けていた。車での迎えはわたしたちが二巡目だという。昨年秋に埼玉で深夜奉納演劇をやったときは、演者は朗読の高野竜さんと舞踏家のソらと晴れ女の二人、観客は私と竜さんの奥さんの二人だけだった。今回は演者が6名、観客が12名だった。
JR鶴見線は知る人ぞ知る変わった路線だ。鶴見駅から沿岸の工業地帯の埋め立て地に線路が延びていて、工場への通勤客のための路線なのだ。鶴見から終点の扇町までは7キロほど。変わっているのはこの鶴見-扇町間の本線から、海岸の工業地に向けて櫛上に何本か支線(かつては四本あったが、現在は二本)が延びていることだ。始発の鶴見駅以外は無人駅である。リンク先のmixi上の公演案内の文章に詳しいが、今回の公演は鶴見線の駅の一つである浅野駅の周辺で、ゲリラ的に深夜野外演劇を行うという趣向だ。本当は浅野駅から延びる海芝浦支線終点の海芝浦駅でやるつもりだったらしいが、そこは東芝の私有地で不法侵入となるため、あきらめたらしい。浅野駅は東芝の私有地ではないので、駅野宿の感覚で無人駅の構内に出入りすることは黙認されている(はずだ)。周囲が工場地帯で住宅がないので、深夜に集団があやしげなことをやっていても住民から通報される可能性も低い。
横浜市鶴見区某所。平原演劇祭2018第二部『奉納 ヴィヨンの妻』開演前。怪しい集団が公園内に。モツの煮込み、美味しい!
浅野駅のそばには入船公園という芝生の公共スペースがある。その公園のそばで車から降ろされた。公園内には照明はないが、まっすぐ歩いくとテントがあり、そこで既に宴会を行っているとのこと。最初は暗闇に目がなれなくてどこに人が集まっているのかわからなかったが、横から「こっちだよ〜」と呼ばれた。芝生広場の中央にテントが設置されていて、そこにすでに10名ぐらい集まって飲み食いをしていた。公園のど真ん中にいきなりテント、そこで十数名が静かに宴会。誰が見ても怪しい。警察がもし巡回にやってきたら職質は必至だろう。「※通報された場合は高野が対応致します。」とあったが、幸い通報はなかった。通報されたところで、犯罪行為を行っているわけではないのだが。反社会的行為ではあるとはみなされるかもしれない。
平原演劇祭では、調理師でもある高野竜さんによる料理がふるまわれることが多いのだが、この日も豚ハツの焼き鳥風と数種類のモツの煮込みが用意されていた。高野さんの飯はちょっと変わったものが多いがたいてい美味しい。この日の料理も美味しかった。
公演の告知はmixiとtwitterのみ、当日の連絡はtwitterの高野さんのアカウントが頼りだ。ひとり、鶴見駅から入船公園までぶらぶら歩いて来ますという観客がいて、その人の到着をしばらく待っていた。その観客が到着したのかどうかわからなかったが、とにかくほぼ予定通りの午前1時過ぎに開演。上演予告では「奉納ヴィヨンの妻」となっていて、この作品一本でいったいどうやって午前1時から日の出まで時間を持たせるのだろうと思っていたが、実際には「平原演劇祭スタイル」で、ひとり芝居「奉納ヴィヨンの妻」を軸に、舞踏や朗読が間にはいるという形の上演だった。まず8月から10月にかけて複数箇所で上演が予定されている『嵐が丘』(花岡敬造作)のひとり芝居、ダイジェスト版を角智恵子が演じた。演じた場所はテント横の芝生広場。照明設備がないので、観客の懐中電灯で照らされての上演である。このひとり芝居が15分ぐらいあっただろうか。最後は、角智恵子が観客を置き去りにして芝生広場の向こう側にだーっと全速力で走り去る。公園周囲の工場や道路の明かりやその明かりが反射した曇り空のため、目が慣れてくると案外回りの様子は見える。なおこの日の夜は天気予報は雨予報だったが、高野竜の「スタンド」能力で公演中、雨が降ることはなかった。
『ヴィヨンの妻』は和装の女優、最中のひとり芝居だ。『嵐が丘』ダイジェスト版のあと、どういう手順で演目を出すのかちゃんと打ち合わせができていなかったらしく、出演者間でごちゃごちゃ話合っていたが、なし崩し的に『ヴィヨンの妻』が始まった。開演前の宴会でお酒が入っていた最中は最初かなり酔っ払っている感じで大丈夫かなと思ったのだが、芝居が始まるとすぐに酔っ払っいの雰囲気はなくなった。『ヴィヨンの妻』からは移動演劇になる。ひとり芝居で『ヴィヨンの妻』を語りながら、最中が入船公園から駅のほうに移動していく。それに観客がぞろぞろと付いていく。これは外から見るとかなり異様で不気味な集団だろう。夜の工場地帯を集団が移動し、演劇を見ている。この特殊な状況だけでゾクゾクする。
無人駅の鶴見線浅野駅構内とその周辺がこの後の上演の主な場となる。駅のあらゆる場所が上演場所になる。観客は演者を追っかけて移動する。
最中による『ヴィヨンの妻」朗読の合間に、まず高野竜による朗読が挿入された。読んでいるテクストは宮沢賢治の『月夜のでんしんばしら』とこの作品についての谷川雁の論考の抜粋のようだ。『月夜のでんしんばしら』の書き出しはこうである。「ある晩、恭一はぞうりをはいて、すたすた鉄道線路の横の平らなところをあるいて居おりました。たしかにこれは罰金です。」線路内立入は当時の法律でかなり重い罪だったことを高野がそういえば、歩き芝居が始まる前に説明していたような気がする。
『ヴィヨンの妻』ひとり芝居は、駅構内のいろいろな場所で演じられるが、その途中で何度か他の出し物によって中断し、ぶつ切りにされる。暗いホームの片隅から白塗りのソらと晴れ女が現れたときにはぎょっとした。奇矯な衣装を身につけ、時に胸を露わにして踊る白塗り舞踏は、それを見守る観客とともに、シュールリアリズムの絵画のような風景をそこに作り出していた。
高野による朗読、ソらと晴れ女による独舞のほか、赤いワンピースを着た嵯峨ふみかと小関加奈による朗読もあった。駅舎の壁を背景に、二人はよく聞き取れない声でテクストを交互に読み会う。高野が二人をスライド映写機で照らし出す。幼い少女の双子のように見えた彼女たちが読んでいたテクストは、あとで確認するとフランソワ・ヴィヨンの詩の日本語訳だった。
午前4時過ぎ、空がだんだん明るくなってくる。踏切付近で和服の最中と異装白塗りのソらと晴れ女が絡んでいるところを、十数人の観客が見ていると、配達かなにかのバイクが通りかかった。バイクを運転していた男性は、この異様な集団にあきらかにぎょっとした風だった。そりゃそうだろう。「あ、通報されたりしないだろうか」とちょっと心配になったが、大丈夫だった。日の出時刻の朝4時20分ごろにすべての演目が終わる。観客たちは早足で、入船公演中央に設置された集合場所のテントに戻るよう促される。
出演者も戻り、終演の挨拶が終わったのが午前4時半だった。外はすでに明るくなっている。鶴見線の鶴見行き電車の始発は6時9分とかなり遅いので、高野さんが車で観客を鶴見駅までピストン輸送した。その間にテントを撤収し、午前5時前には入船公園から完全退去した。シュールリアリズム絵画さながらの一夜の風景は、もとの日常に戻る。日常が非日常に変容する。演者だけでなく、観客もまた共犯者としてこの非日常世界の作り手となる。本当に愉快で素晴らしい一夜だった。
高野さんに鶴見駅まで送ってもらったのが午前5時過ぎ。私はその後、池袋まで移動した。午後2時から立教大学でベルナール=マリ・コルテスの『タバタバ』の上演があるので、それまで池袋のネットカフェで仮眠を取って時間をつぶすことにしたのだ。ネットカフェに入るまに、西口駅前のマクドナルドで朝食を取る。日曜午前の池袋西口付近は土曜夜を徹夜して遊んだ若者たちがどんより疲れた感じてたむろって居る。町中はゴミだらけ。
www.kokugakuin.ac.jp
日時 | 平成30 年3 月15日(木) 13:30 ~ 17:30
会場 | 國學院大學渋谷キャンパス 5号館 5301教室
今、日本は空前の民俗芸能ブームとのことだ。東日本大震災が東北における民俗芸能の再興のきっかけとなったいう。被害の大きかった東北太平洋沿岸はもともと民俗芸能の豊かな地域だった。地域コミュニティの再構築、郷土意識の覚醒の核として、民俗芸能の機能が注目されるようになった。
これに伴い東京でも日本各地の民俗芸能の上演の機会が多くなった。このシンポジウムの問題提起は、本来の上演の時と場から切り離され、東京の劇場空間で上演される民俗芸能をどのように評価するかということだった。
共同体の祭から離れ、都会の劇場で演じられると、当然奏祭者(=伝統芸能の演者)と観客の関係は大きく変わる。東京の劇場で未知の観客の視線にさらされたり、他の芸能の奏祭者たちと交流を持ったりすることが、奏祭者の意識や芸のあり方に必然的に変化をもたらす。この変容をどうとらえ、評価するか。地域の閉鎖的な環境のなかで保存されてきた伝統が、舞台公演によって変化してしまうことを危惧する研究者は少なくない。しかしこうした新たな上演機会の獲得による衰退していた伝統芸能の活性化、表現の刷新といった肯定的な面もある。
今回のシンポジウムでは3人の報告者がいたが、それぞれの立ち位置は異なったものだった。一人目の小川直之氏は民俗学者で、研究者の立場から地方の伝統芸能を考察するだけでなく、宮崎の神楽を東京に招聘し、公演を行う活動にも関わっている。彼が参照するのは折口信夫が民俗芸能上演を國學院大學などでやったときの姿勢だ。二人目の報告者、舘野太朗氏は素人歌舞伎の実演者でもあり、演劇研究者でもある。彼は大正期の坪内逍遙のページェントの試みに注目し、ページェントという大規模素人地域演劇のコンセプトを引き継いだ坪内の弟子、小寺融吉の郷土舞踊の活動に現代における民俗芸能上演の可能性を探る。三人目のパネラー、小岩秀太郎氏はもともとは郷土芸能の担い手だったが、今は全日本郷土芸能協会という組織の一員であり、この協会のスタッフという立場から伝統の継承/新しい表現の創造、伝統の保存/活用という現在の地域芸能の葛藤の状況を述べた。
私は昨年から地域素人演劇研究のグループに入って調査をはじめているが、このグループに入ってから気づいたことは、日本各地で行われている地域素人演劇活動の数々は、私の研究フィールドである中世13世紀アラスの都市市民世俗劇上演を考える上で多くのヒントが含まれているということだ。
13世紀アラスの演劇、あるいは中世フランス演劇は、17世紀以降の古典主義以降の作家主義、芸術的演劇の歴史のなかにおさめて考えるよりも、地域のアマチュア演劇としてとらえ、その上演・創作活動が地域コミュニティに対して持っていた公共性を軸に作品を読み解くほうが実り多いように思うようになったのだ。
つまりこういうことだ。中世フランス演劇は極めてローカルで、とある地域の特殊な条件のもとに成立した文化現象である。しかしそのローカルな演劇のあり方が実は普遍的なものであるということが、現代日本の地域素人演劇研究から見えてくるだろうということだ。この仮説はおそらく正しい。論証するにはもっと勉強しなくてはならない。逍遙のページェント論は私としてもしっかりと検討しておきたい。そして論文の形で発表しなくてはならない。
今日の発表は私は門外漢といっていいのだけれど、中世フランス演劇のみならず、自分の演劇観を問い直すような示唆がいくつかあった。4時間半にわたるシンポジウムだったが、聞きに行ってよかった。
A Gambler's Guide to Dying
---
太田宏さんの回を見に行った。
太田宏さんが前にRoMTでやった3時間超えの一人芝居『ここからは山がみえる』に比べると、脚本が弱い。つまらない本というわけではないけれど、それほど面白い話というわけでもない。
ブックメーカー(賭屋)、サッカー、スコットランド人の反イングランド感情などが折り込まれているので、エジンバラの観客は日本の観客よりはるかにこの一人芝居を楽しむことができたはずだ。そうしたローカルねたにとどまらない普遍的な要素はある話ではあるのだけれど、物語の語りの仕掛けは単調で、仕掛けに乏しい。ありきたりの物語といえばありきたりで、私は物語に乗っかって語りに聞き入ることができなかった。
太田さんの語り芸は達者で安定している。さすがにうまいし、手慣れているなとは思ったけれど、脚本の弱さゆえか、技術的な巧さには感心するけれど、語りの世界になかなか入っていけなかった。
入り込むことができなかたもう一つの理由は、椅子だ。約2時間の公演だったのだけれど、通常の高さのパイプ椅子(これでもきつかったかも)は数少なく、私の入場時にはもう埋まっていた。高さのない小さな椅子に座ることになってしまったが、あの椅子で2時間座ったままというのは拷問だ。
太田さん以外の俳優では、どんな風に変わっているのか興味はあるけれど(太田さんのようにはできないだろう)、あの椅子と脚本では再び赴く気にはなれず。
大学の美術研究会に銅版画用のプレス機があって、一度だけエッチングを数枚作成したことがある。版画は手順がいろいろあってかなり面倒なので、美術研究会在籍中にやった銅版画はその一回だけ。タンギーっぽい幻想風景画を作って、今思うとけっこう面白い作品ができていたように思うのだけれど、刷った作品は手元にない。
-----
監督クロード・ガニオンがケベック出身ということで前から気になっていた作品だった。大学を卒業し、京都で一人暮らしをはじめた女性のvita sexualisをドキュメンタリー・タッチのハイパーリアリズムで描いた傑作だった。23歳で一人暮らしをはじめた女性のよるべなさ、孤独感、そしてその孤独感ゆえに恋愛を求める心理が丁寧に描写されている。FUKAIPRODUCE羽衣の《サロメvsヨカナーン》のリフレインで「ひとりぼっちよりもましだから愛している」に深く共感したが、この映画を見ても人は寂しからこそ恋をしてしまうんだなということがよくわかる。
主人公KEIKOは、大学を出て一人暮らしを始めるが、まず高校時代の先生を飲みに誘い、先生を誘惑して初体験をすませる。その後、行きつけの近所の喫茶店で知り合った若い男性に恋をし、彼との関係に溺れるが、その男が既婚者であることを知り、深く傷つく。会社の同僚の若い男性が彼女に接近するけれど、失恋直後の傷心の彼女はその男とは恋愛する気分になれない。彼女のアパートに遊びに来た会社の同僚の同性愛者の女性とKEIKOは関係を持ち、彼女と古い和風の家屋で同居生活を始める。彼女との生活でKEIKOは精神的な安らぎを得るが、結局はこの女性との共同生活を一方的に破棄し、親が勧める見合い相手と結婚する。
こんな性遍歴を送る女性というのは本当にいそうだ。
主演のKEIKOを演じた女優、若芝順子はこの作品にしか出演していない。当時現役の京大生だったそうだが、彼女のおっぱいが美しく、そのたたずまいは清楚にして非常にエロチックだ。彼女のルックスのみならず、映像の雰囲気、ダサい音楽が作り出す昭和的世界が実にいい。
せんがわシアター121 vol.11 海外戯曲シリーズ 「うちの子は」|調布市 せんがわ劇場 公演情報
せんがわ劇場でジョエル・ポムラ『うちの子は』(松本佑子演出)を見た。
ポムラは今、フランスで最も評価の高い劇作家の一人だ。『うちの子は』は、様々な親子の葛藤の場面を提示する十のエピソードからなる作品。
情緒的で説明的な演出は私の好みではなかった。新劇風の「うまい」演技によって、各エピソードの情景が型にはまったわかりやすいものになっていた。
私も親なので、自分の親子関係を重ねながら見たこところもあったのだけれど、自分の場合は、自分の親子関係についての理解をセンチメンタルな物語の型にできるだけ流し込まないようにしている。意識的に子供とは距離を取ることを意識していないと、ずるずると自分の願望を投影することで子供を押しつぶしてしまいそうな気がするからだ。子供は自分とはまったく別の独立した存在であり、自分の思いどおりにはならない存在である。
『うちの子は』の脚本は、強力かつ繊細な緊張関係のなかにある親子関係のリアリティを細心の注意で反映されているように私は思った。しかし松本佑子の演出はそれを情緒的な型に流し込み、わかりやすいものに変形してしまった。昨年のリーディング公演でもそう思ったのだが、今年の演劇版はそうした類型化がさらに押し進められていた。
---
「老いと演劇」OiBokkeShi第4回公演『カメラマンの変態』を美作市の老人ホームで見た。観客は幼児から高齢者まで様々だったが、アフタートークの様子から介護職に就かれている方が多くいたようだった。
91歳の老人を俳優として、高齢者介護に関わる演劇を作るという発想が斬新で、この公演は様々なメディアで取り上げられている。実際、私もこのような超高齢者を役者としてどう動かすのか興味津々だった。
作・演出の菅原直樹は、青年団の演出家だが、岡山に居住し、介護職の現場で働いている。
91歳の老俳優の「おかじい」は、脳梗塞の後遺症で食事介助が必要で、言葉が話せない老人を演じていたが、実際にはかくしゃくとした人だった。耳は遠くなっているようだが、介護老人を「演じる」ことができる人だ。ここが私の事前の予想とは違ったところだ。私は運動も知的な反応もままらない、そういう高齢者がその生の身体を、舞台で晒すことを、どこかで期待していたことに、作品を見終わった後で気づいた。
上演時間は60分。「おかじい」の他に、彼を介護するオーストリア人の若い男性、かつて写真家である老人と関わりを持った40代の謎の女性の3人芝居。
三幕構成で最初は老人と介護人の食事介助などの場面、二幕目は老人に40年ぶりに会うという謎の女がやってきて、老人はその女をモデルに写真を撮る。三幕目は、老人の死後、女と介護職男性のやりとり、そして2人のその後が背景文字によるナレーションで示される。
芝居の雰囲気は平田オリザ風だが、設定の非現実性やナレーションでの過剰な説明など、平田風戯曲・演出ゆえにかえってディテールの粗が気になってしまう。正直なところ、演劇作品としてそれほど面白いものではなかった。眠気を堪えるのが大変だった。
終演後に「おかじい」が終演後の高揚を抑えることなく、暴走して長々と挨拶を行った。その暴走ぶりが面白かった。この後説も含めて作品とすべきなのかもしれない。
老齢ゆえに「おかじい」の演技にはミスがあったらしい。しかしそのミスがどこだったのかは私には分からなかった。今回の芝居ではおかじいにセリフはない。手順を忘れても何とかなるような融通は利くような台本になっていたのだろう。
おかじいは超高齢者ではあるが、作演出の意図を理解し、それに沿った演技ができる俳優だった。これがもし本当の痴呆で身体が不自由な状態の老人が出演し、その作品が演出家のコントロールがほぼない不可能な状態の演劇、生の老人を晒す芝居だったら、どうだっただろうかと考えてしまう。もっと微妙で複雑な問題提起ができていたのでは。私が見たかったのはむしろそういう芝居だったように思う。しかしそれは単に見世物として、そうした人たちを晒されるのを見たいというわけではない。
現実問題としての老いという問題なら、私には年老いた両親がいるし、最後の十年間を脳梗塞のため、痴呆状態のまま、老人介護施設で過ごした祖母がいた。『カメラマンの変態』の冒頭の食事介助の場面を見ながら、私は祖母が最晩年を過ごした老人介護施設で自分が祖母の食事介助したときのことを思い出した。私がそのとき特に感慨を抱くことなく、淡々と「さあ、おばあちゃん、食べな」と言いながらスプーンを口に運んでいたことを。
老人介護をめぐるこうした現実は私に限らず多くの人にとって既知の状況だ。しかし身の回りにそういう現実がある(あった)と言っても、そうした生の現実を私自身や関係する人々が直視できたか、そしてその現実を直視した上でそれについて率直に語ることができるか、考えることができるかといえば、そういうものではない。老人介護の問題には直視しがたい、率直に語りがたい、心理的障壁がある。
そうした人とそれらの人々の抱える問題を をどのように演劇的に提示することが可能なのか、というのを期待して私はこの作品を見に行ったのだが、この点では物足りなさを感じた。91歳の素人の老人を舞台に出すというのは「コロンブスの卵」と言っていい素晴らしい発想だと思う。しかし芝居自体はごく普通の芝居だった。「すごい!91歳のおじいさんが舞台に出て、芝居をしている!」という感動は確かにあるのだけど。