John HAINES, RHT, t. 54 (2002), p.281-294.
1870年から1930年の間の『ロバンとマリオンの劇』の公演の記録を丁寧に調査し,それらの公演で『ロバンとマリオンの劇』がロマン派的音楽観によっていかなる変容を被ったかについての考察.
優れた実証的なスタイルの研究であり,じつに細かく資料を参照しているだけでなく,十九世紀末から二十世紀初頭にかけての中世の受容のあり方の特徴を的確に報告している.優れた論文.
面白かったのは,当時数少ない中世音楽学者の学問的正統性に基づく編曲譜に対しての,演奏を担当するオーケストラの指揮者の正直な反応である.
「ベック(音楽学者)についてのことだ.あいつは音楽学者ではあるが,和声や対位法やオーケストレーションについては,初級クラスさえ合格できないだろう.あいつの楽譜を読めるものにするのにやらなきゃならんことがたくさんある.もちろん,あいつの許しを得てのことだが」
「あの男は完全五度と増四度進行のキチガイだ.どうしようもないね.あいつは音楽学者かもしれないけれど,和声法の先生にはなれない」
カナダのケベックでの公演でのエピソードだ.ちなみにマスコミの公演評も今一つ.
完全五度での平行進行など中世音楽特有の語法が,ロマン派音楽になれた当時の音楽家や聴衆にとってはさぞかし耳障りなものだったに違いない.