閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

フロイト先生のウソ

ロルフ・デーゲン(文春文庫,2003年)
ISBN:416765130:image:small
評価:☆☆☆

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心理学の疑似科学的側面を指摘した本.異なるレベルの心理学領域への批判が混在していて,全ての記述に首肯できるわけではない.訳者も書いてあるように「教育」,「マスメディア」の影響についての章では,あまりにもこの両者の影響を過小評価しすぎている論を紹介しているのではないか,というふうに思う.
首肯できたのは心理療法のいんちき性を指摘した第一部第一章.人間の心理の闇を探るというのは確かに多くの人の関心を引く知的作業ではあるものの,心理学が提示しているのはどの流派も検証不可能な仮説にすぎないものが多いように思える.それを人間の「治療」や「矯正」にあたかも有効であるように振る舞う臨床心理学は明らか詐欺的行為の加担をしている.
他に興味深かったのは第二部第二章の「自己認識」について.肯定的な自己像への執着は人間の生存本能に関わるような欲求であることを再認識する.
勇気づけられたのは第二部第四章の「心身症」についての記述.心身医学が強調する病への「ストレス」の影響についての疑問点が明確に述べられていた.心身医学的解釈には「患者が自分で自分を病気に追い込んだ」とする考え方がその根底にあり,特に癌などの病気がその責任が患者の精神に転嫁されがちな傾向がある.不条理ではない安定した世界に身を置く健康な人間から,病にかかった責任の一端が本人にあるとされる悔しさというか怒りというか哀しみというか,そういったときの屈辱的な気分,無実の罪で断罪されるような気分を僕は知っている.心筋梗塞で倒れその後も体調不調にある僕は,何度「生活習慣うんぬん」と健康な他人から指摘されていやな気分になったことか.運動してりゃ人間は病気にならないのか! 野菜を食ってさえいれば病気にならないというのか! 人間の生涯は誰にとっても不条理であること,まさに自分自身もその不条理極まりない人生の例外ではないことを,僕は様々な挫折,そしてとりわけ昨年の心筋梗塞による入院で身をもって認識できたように思う.