閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

リセット

北村薫(新潮文庫,2003年)
リセット (新潮文庫)
評価:☆☆☆☆☆

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北村薫の「時と人」三部作の最後の作品.「生まれ変わり」を巡るファンタジー.他の二作品と同様,主人公の一人は女性.戦前の甲南女子大学をモデルとした上流階級子女の風俗描写がほのぼのと美しい.第一部では戦時下にも関わらずどこか牧歌的に感じられる女学生の生活と心理が淡々と一人称体で述べられる.第二部では語り手は老年期間近と思われる男性に変る.時代は第一部より大分後.彼は病床にいて,昭和三十年代,彼が小学校高学年から中学入学に至る時代の思い出を語る.その語りに出てくる女性が,第一部の語り手であることは次第にわかってくる.一番短い第三部でこの二人の人物が時を超えて交錯し,再会する.
もろい鉱物の結晶のようなかたちで,読者に青春の初期の時代のノスタルジーを提供する美しいイメージに満ちた繊細な作品.もし自分が作家だとしたら,一度はこういうせつなくも幸福感に満ちた宝石のような作品を書いてみたいと思うだろう.読み終わったのは新宿西口の地下道を歩いている最中だった.奇蹟のように見事なラストシーンに歩きながら涙する.