閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

[[城]]

原作:フランツ・カフカ
訳:池内紀カフカ小説全集3」(白水社,2001年)
城 (カフカ小説全集)
構成・演出:松本修
美術:島次郎
照明:沢田祐二
音楽:斎藤ネコ
衣裳:太田雅公
振付:井出茂太
キャスト:田中哲司,石村実伽,大橋由利子,石井ひとみ,葉山レイコ
場所:新国立劇場小劇場
評価:☆☆☆☆☆

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休憩15分を含み上演時間3時間45分の長丁場.新潮文庫の訳で原作も読んでいるところだが,原作自体のボリュームもある上に登場人物が饒舌である.今日の上演版ではセリフはかなりはしょっていたものの,それでもこの長さになるのはしかたあるまい.
カフカの小説の舞台化作品を見るのは今日で二回目.2003年にパリにいるときにバスチーユ・オペラで『審判』に基づくオペラ(フィリップ・マヌリ作,アンドレ・アンジェル演出)を観た.美しい舞台装置を各シークエンスで配置した優れた演出だった.
今日の『城』の演劇化も優れた舞台だった.原作を読んでいる時点からこの作品が大変演劇的書法で描かれていることを感じ,舞台を思い描きながら読み進めているのだが(まだ読了していない),今日の舞台では,原作ではモノクロームであるように思えたカフカ世界が,その雰囲気を忠実に再現しつつ,カラーであざやかに浮かび上がった感じ.導入から演劇的カフカ世界に一気にひきこまれた.
原作のイメージを忠実に丁寧に演劇化することに成功している.まず視覚的に非常に美しい舞台だった.舞台はかなり広めにとり,上下三層に区切り,空間を立体的に使っていた.大量の紙吹雪を使用.雪の舞うシーンが美しい.夜のシーンが多いのだが,黒く塗られた室内の壁を照らす照明も緻密に設計されていて空間に広がりを与えていた.
場面転換のおりには集団でのダンスのシーンがしばしば入った.パントマイム的な動きを取り入れたコミックなダンス.ジプシー音楽あるいはモダンタンゴ風の音楽も洒落ていた.単調におちいりがちの劇のアクセントとして効果的に機能していた.ごわごわしていてくすんだ色合いのジプシー風の女性の衣裳や厳格なユダヤ教徒風の黒帽子とコートなど,衣裳も舞台装置とうまくまっちしたもので洗練されたセンスを感じた.
出ずっぱりで膨大なセリフ量をこなさなければならないK役の役者をはじめとする役者陣も長いワークショップの中で,役柄の解釈を深化させていったようである.フリーダ役の女優がKとの情交の場面で,裸体をさらりとさらすのには感動.やせぎすであるが美しい上半身であった.
導入部の居酒屋での農民たち,学校の教室,消防団のショーの回想など役者が集団で演じるシーンの演出が見事.無個性で不気味な集団のグロテスクさが,ぎごちなくそろった動きで巧みに表現されていた.
細部まで丁寧に磨かれ計算された優れた舞台であるように思った.
ただし三時間四十五分はやはり長く感じられ,しばし記憶を失うこともあったけれども.原作にほのかにしかし確実に存在する滑稽味が,今日の舞台上演では乏しかったのが少々物足りないところか.
松本修演出は今後必見.
そうそう,今日の舞台を見ながらつげ義春の「ねじ式」はカフカの『城』の翻案かもしれないなぁ,なんてことを考えた.