閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

ら抜きの殺意

永井愛(光文社文庫、2000年)
ら抜きの殺意 (光文社文庫)
評価:☆☆☆★

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作品の初演は1997年テアトル・エコー
らぬき言葉が国語審議会で取り上げられたのは1995年のこと。この作品の初演時にはけっこう方々で話題になった。いまでもときおり話題となる。
関西出身ということも影響しているのだろうか、僕自身は「ら抜き」言葉はそれほど耳障りではないし、無意識に自分でもよく使っているのかもしれない。
全世紀末のら抜き言葉論議で、日本語の口語表現、特に「正しく美しい日本語」への一般的関心は高まったように思う。
1997年はら抜きことば議論はかなり盛り上がっていたように思うので、『ら抜きの殺意』というこの作品のタイトルは、かなり効果的に人びとの注意を引いた。僕も当時、この作品のちらしが気になった記憶がある。当時は今ほど芝居に通っているわけではなく、永井愛の名前もどこかで聞いたことがある程度だったため、結局エコーの公演は見にいかなかったのだが。
先日永井愛の『歌わせたい男たち』をたいそう楽しんで観て、なんとなしに頭の隅にタイトル名が残っていたこの作品を手に取る。「ら抜き言葉」だけでなく「方言」や「おんな言葉」「若者言葉」など社会風俗にかかわる日本語のバリエーションを問題化し、巧みに作品に織り込んだよくできた戯曲だった。と今更僕が解説するまでもないけれど。こうした「社会問題」に関わる物語を、健康用品通信販売会社の事務所という極めてありふれて日常的な、劇的ではない場で展開させるひねりのきいた視点に、作者のセンスのよさを感じる。また作者自身は「ら抜き言葉」に対しては「我慢できない」立場のようだが、作品の中では中立的な視点を保っている。このバランス感覚のよさが永井愛の優れた持ち味だと思う。言わずもがなのことばかりだけれども。