橋本治(ちくま文庫、2006年)
評価:☆☆☆☆☆
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入門書の類をめくってみても曽我狂言とは何か、というのがよくわからなかった。国立劇場での南北による曾我兄弟ものを観る前の予習もかねて、文庫になったばかりのこの著作を購入。「学術専門書であってもいいはずのものが普通の本の顔をしている」とは作者自身の弁だが、歌舞伎初心者の僕にとっては目を開かれるような視点をいくつも提示して、江戸歌舞伎の世界の不思議が説明される。
江戸歌舞伎における作品創造が、作品内部の物語構造の要請ではなく、興行的な要請に基づいてもっぱら行われたこと。その興行要請最優先システムが作品を作り出す過程を、曽我兄弟狂言と顔見世狂言を例に説明されている。
また「時代もの」「時代・世話もの」といったジャンルに観られる時代錯誤を、近代以前の人間の歴史感覚・時間感覚のあり方から説明した章も非常に興味深い。西洋のルネサンス以前の絵画の表象と比較することで歌舞伎の歴史物の時代感覚を説明していたが、この「時代錯誤」感覚は西洋絵画だけでなく、西洋の近代以前の文学作品についても同じようなことが言えそうである。
前近代における演劇のありかたの考察という点で、僕が専門とする中世ヨーロッパ演劇についての考察にも、応用可能な(ただし慎重に慎重に)視点も含まれているような気がする。きわめて示唆的で刺激的な歌舞伎論だったが、歌舞伎研究の専門家によるこの著作の書評も参照してみたい。