閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

菅原伝授手習鑑:寺子屋

昼の部の最後は,幸四郎吉右衛門の兄弟を軸とした定番の古典演目,『寺子屋』.主君への忠義でその血統を守るために,別の子供を殺すってのは,歌舞伎だけでなく,中世フランスの武勲詩にもある題材.こうした倒錯的な忠義の称揚は封建美学に則ったものとはいえ,陰惨で趣味の悪い話だなぁと思っていたのだけれど,今日の芝居では浮き世の倫理の不条理さを承知しつつ,それを全うする選択肢しか持ち得なかった武人の葛藤の深さと悲痛な心情というのがよく伝わってきたような気がした.近代的リアリズムを,様式的な封建美学の物語の枠組みの中で,最大限とりいれるような意識が役者にあったのかどうかは定かでないが.『寺子屋』の舞台を観たのは今日が初めて.物語の内容のみ鳴らず,扮装や化粧などの表現の面でも写実と様式のはっきりとした対立が共存しているのが面白い.