閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

ゆれる

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今年これまでに観た劇場公開作の中では文句なしのベスト.大傑作.
地味な印象の作品である.しかしその脚本は実に丁寧に練られており,登場人物の心理のゆれ,屈折を驚異的な精緻さで表現していく.このすばらしい脚本の魅力を,演出と二人の主演男優の演技と強烈な存在感が存分に引き出している.現在の日本映画の若手俳優の中で圧倒的な存在感を放つオダギリジョーと個性的な演技派俳優,香川照之の緊張感に満ちたやりとりに心しびれる.作品前半で見せるオダギリのジゴロぶりは観ているこちらが腹立たしくなるほどリアル.うーん,オダギリは現実世界でもこんな感じに女を転がしているのではないだろうか,と思わせるリアリティある不愉快さ.もちろん中盤から後半にかけて兄との関係の急変に翻弄され狼狽する演技もすばらしいのではあるのだが.香川はうまい俳優だけれども,演技がいつも過剰に暑苦しいのが鼻につくのだけれど,この作品ではその暑苦しさがうまく生かされていたように思う.

二人の兄弟の軋轢の物語.郷里に残り家業であるガソリンスタンドを細々と維持する,不器用だが誠実でまじめで心優しい兄と東京に出てカメラマンとして成功し,自由気ままに生きる弟.対照的な二人ではあったが仲が悪いわけではない.兄は弟の奔放さを愛し,弟は兄の実直さに敬意を抱いている.しかし彼ら二人の内面は,外観よりはるかに複雑な思いがからみあっている.ほんのかすかではあるが確実に心の内側に存在する悪魔的な衝動,予想もしていなかったような地獄が訪れる.肉親であるからこそ意識的あるいは無意識的に沈潜させている兄弟間の微妙な愛憎は,兄が二人の幼なじみである女性を吊り橋から「突き落とした」というショッキングな事件を契機に,徐々に意識されるようになり,お互いを苦しめていく.