閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

演技と演出

平田オリザ講談社現代新書,2004年)
演技と演出 (講談社現代新書)
評価:☆☆☆☆☆

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「静かな演劇」と呼ばれる日常的振る舞いの演劇的再現を新鮮な写実主義を用いて行うスタイルを作り上げた平田オリザによる演出・演技論.序章を含め七章からなる.作者が演劇ワークショップなどで話している内容をまとめたもの.平田的「リアル」の再現がどのような思想に基づき,どのような方法論で実現されていくのかがわかりやすく記してある.既存の演出・演技スタイルと平田のスタイルの違いもこの本を読むことで明確になる.
舞台上の役者たちに「イメージを共有させる」こと,
演技において「意識を分散させる」こと,
劇中で使用されることばの「コンテクストを摺り合わせ」ることでイメージの共有を誘う方法,観客の期待の地平を作り出し,それを適性に閉じることで「観客の想像力を誘導する」劇作術および演出法,
台詞を他のコミュニケーション条件や他者の台詞の中での関係性の中で捉えることの意義,
劇作術における個人的主題と社会的主題の葛藤,
以上のような問題設定について,その理論的根拠だけでなく,実際のワークショップでの取り組みの例を交え,わかりやすく記されている.多くの優れた演出家がこれまで経験的,感覚的に行ってきたであろう取り組みが明確に言語化されている.この著作で平田が書く内容のいくつかは,大学の講義などを活性化させる手段としても応用可能のように思った.たとえば語学の授業などでは,対話練習などで学生たちに演技を強いなければならない場合がある.日本の大学で,しかも日本人相手に,白々しい質問を外国語で交換させるための条件として,教師が「演出家」としてどういう作業を意識化して行う必要があるのかは,この平田の演出論にあるいくつかの技術が参考になるように思う.

著者は本の最後に控えめな表現で次のように記す.

広い意味では,実際のコミュニケーションや,人生そのものとも似ていますね.
「なんのために生きるのか」という命題と,では実際,「いかに生きるのか」という命題を,うまく両立させて生きている人は,本当に少ないと思います.しかし,私たちは,私たちの人生を演出していかなければならない.
この点において,演劇はやはり,人生に少しだけ似ています.演出をするという行為は,生きるというこういと,ほんの少しだけ似ています.

シェイクスピアの『お気に召すまま』の中のあまりに有名な台詞「この世は舞台,男も女もその舞台上の役者にすぎぬ」を敷衍した内容である.
しかし実際のところ,この著作で提示される演劇作品の演出のためそして演技のための提案は,日常生活の中の通常のコミュニケーションの中で我々が意識的あるいは無意識的に行っている「演技」のあり方を浮きだたせるものである.記されているのはコミュニケーションのあり方を意識化し分析することで,演劇的コミュニケーションの質を向上させるためのいくつかの本質的な「こつ」であるが,その提案の多くは現実生活における社交のスキルとしても応用可能のはずだ.