閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

アルバニアン・ドリーム

劇団NLT公演 No.127
http://www.nlt.co.jp/

  • 作:小池竹見
  • 演出:北澤秀人
  • 美術:野村真紀
  • 照明:高山晴彦
  • 衣裳:舟木亜弓
  • 出演:平松慎吾,加納健次,山田敦彦,葛城ゆい,泉関奈津子,浦本早都美
  • 上演時間:1時間45分
  • 劇場:両国 シアターΧ
  • 評価:☆☆☆☆
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劇団NLTは1964年創設の歴史のある劇団で,フランスのブールバール劇他,ウェルメイドの翻訳劇を中心に上演している団体とのこと.この劇団の存在を知ったのはほんの三日前,MOP公演の紀伊国屋ホールのロビーに置いてあったちらしで知ったのだ.今回の上演作品タイトルにある「アルバニア」に反応したのである.

ギリシャの北に位置するバルカン半島の小国アルバニアと関わりができたのはこの前の八月,ブザンソンでの語学教育研修のときである.選択したモジュールでいっしょだったアルバニア人の地理の先生と研修中に急速に親しくなったのだ.それまで僕はアルバニアについてはほとんど知らず,最初はアルメニアと混同していた.もっともアルメニアについても国名をどこかで聞いたことがあるぐらいの知識しかなかったのだが.
研修の四週間の間にこのきわめて饒舌なアルバニア人の先生から彼の祖国についていろんな話を聞いた.1990年までは鎖国を続けていた社会主義国家だった国で,東欧の中でも最貧国の筆頭.開放以後は膨大な人口が海外流出して出稼ぎを行っているらしい.僕が知り合ったアルバニア人の先生によれば,若者が国外に出ていったため,街中は老人の姿ばかりが目立つようになったとのこと.地理やフランス語を教えているとなると国の空洞化に手を貸しているに等しく複雑な気分だと言っていた.ものすごく熱いつきあいを四週間にわたってしたのだが,帰国後は互いにごたごたとしてしまってメールのやりとりがいったんあったきりである.クリスマスには何か日本ぽいものを送りたいなと思っているが.
アルバニアに是非遊びに来い,絶対に歓待するから,と言われていたのだけど,現在の僕の経済状況だとわざわざそんな行きにくそうな国に旅行に行くのはずいぶん贅沢な話だ.彼は「美しい国だ」と何度も繰り返していたけれど,観光資源ははたしてわざわざ国外から立ち寄る価値のあるほど豊かなのだろうか?アルバニアといえば,アンゲロプロスの映画でギリシャの北の国境に待機するアルバニア移民の姿を写したシーンがあったように思う.雪の積もったいかにも寒々とした風景で,太陽の国と思っていたギリシャにもこんな場所があるのか,とちょっと驚いた記憶がある.「うん,いつかまたそこであえるだろう」と曖昧な返事をしていたのだけど,まず行く可能性はないだろうなぁと思っていたので,「来い,来い」と言われるたびに居心地の悪い気分だった.もっとも向こうは社交辞令で言っているのかもしれないけれど.僕の方からは「日本に遊びに来い」とは言わなかった.ヨーロッパの最貧国であるアルバニアから観光で極東まで遊びに行くなんて一般市民にはまず非現実的に思えた.フランスで語研修では,往復旅費も滞在費も研修費もすべてフランス政府が負担して各国からフランス語教師を招聘しているのだ.それに万一彼が日本に来られたとしても,こちらの現在の状況では歓待しようがない.歓待というのは全身全霊を込めて一生懸命やらないと効果的ではないものだ.もっともたとえ可能性がなくても「遊びに来てくれ!」というのはある種の「礼儀」かもしれないのだけれど,僕はつまらないことでまじめに考えてしまうたちなのだ.彼のほうからも「日本に行きたい」という言葉は一度も出なかった.

芝居の話に戻る.アルバニアと日本では1990年以降ほそぼそと技術に関する交流が行われているにすぎず,日本人一般にはアルバニアは全く無名の国家といっていい.作者の小池竹見はいったいどういうつてでアルバニアなんて小国とつながりを持ったのか,どうしてこんな無名な国を作品の舞台として選んだのか興味をひかれた.ちらしに掲載された作品紹介文は以下のようになっている.

美しい湖が点在するアルバニアの北部地方は,これといった産業もなく,観光に生き残りを賭けていた.
既に失われた文化である「客人を神のようにもてなし復讐は善とする戒律」が原存すると思わせ観光の目玉に使用とするのである.
〜村は今もって掟に則って営まれ,誓いは血より重いことを信じ込ませようと,人々は観光庁の役人の視察を待っていた〜

アルバニアの習俗である「カヌン(掟)」とその誓約である「ベーサ」を観光誘致という便宜のためだけに復活させようとした村が,既に死んでいたはずのその古習俗に振り回されるという状況喜劇.その村の混乱の様子を世界各国物産展の年老いた会場管理人が,階上警備員と閑散とした会場に足繁く通ってくる若い女性相手に語るという,重層構造の芝居である.劇冒頭では馬鹿げた因習として提示される「カヌン」と「ベーサ」の内容を伏線にして,巧みに物語は組み立てられいた.劇の「枠組み」構造は,アルバニアの小村の情景の対象化だけでなく,その中でさらに役人をだますための「芝居」が演じられるという,メタ演劇的仕掛けとしてもうまく機能し,作品に奥行きを与えることに成功してるように思う.しかしその因習を観光資源の目玉にするという設定であるとか,観光庁の役人の反応の仕方であるとかが,あまりにも人工的でリアリティに乏しい.ひなびた村の住民たちの素朴で暖かい雰囲気はよく出ていて,展開のテンポも心地よかったが,そのユーモアはあまりにも穏当すぎるのも物足りなかった.
しかしそのユーモアの穏やかさはアルバニアの牧歌的小村への郷愁も喚起する効果もあるのであながち欠点とは言えないだろう.僕はこの芝居を観たことで,全く非現実的だと思っていたアルバニアの友人のもとへの旅行をちょっと本気で夢想するようになった.全く言葉も通じない,地理感覚も全くない東欧の国でおたおたと心細い思いをしながら旅行をするのも悪くないように思えてきた.

ヒロインを演じた浦本早都美のコケットリー,村人を演じた泉関奈津子の整った容貌も印象に残る.