閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

ソウル市民

http://www.seinendan.org/jpn/seoultrilogy/p04.html

  • 作・演出:平田オリザ
  • 美術:杉山至+鴉屋
  • 照明:岩城保
  • 衣裳:有賀千鶴
  • 出演:篠塚祥司,山村祟子,松井周,辻美奈子,小林亮子,足立誠
  • 上演時間:1時間40分
  • 劇場:吉祥寺 吉祥寺シアター
  • 評価:☆☆☆☆
                                                        • -

『ソウル市民』三部作連続上演企画のうち,先週は新作の『昭和望郷編』だけを観たが,今日は1909年を舞台にした三部作の中で一番最初に書かれた『ソウル市民』そして1919年を舞台にした『ソウル市民1919』を連続して観る.年代こそ違えいずれも同じ舞台装置,つまり同じ場所(篠崎家の居間)で話は展開する.登場人物の重なりもあるため(役者は必ずしも同じ人が同じ役を演じていない),僕は二作連続で観るよりは,三作ばらばらに観た方がよかった.続けて観ると印象がごっちゃになってしまうのである.以下覚え書き.
オリザの上演スタイルの一つ,開演前から役者が舞台にいてしばいを始めるというギミックはこの『ソウル市民』ではとりわけ有効.連続性のある日常のなかの任意の一日に観客が立ち会っているような雰囲気を作り出す.
オリザの芝居の「リアル」さに貢献しているのはダイアローグや演技演出だけでなく,青年団の各役者の個性も大きな要素ではないだろうか.四〇人の所属俳優がいるそうだが,青年団役者はいわゆる美男・美女系役者もいないわけではないが,非美男・美女系でいびつなルックス,個性的というよりは見栄えのぱっとしない役者がほかの劇団に比べてはるかに多いように思うのだ.美男・美女ではない役者というのはもちろんどの劇団もけっこういるのだが,やはり舞台に出たいという自己顕示欲の強い人間だけあって,一般社会に比べると役者というのは小劇場クラスでも美男・美女の割合が高いように思う.ところが青年団の役者のルックスは分布はかなり一般社会に近い,かなり積極的に非美女・美男をオーディションで採用しているのではないかといった感がある.顔立ち,体格面でかなりバラエティに富んでいるように僕は思う.こうした役者構成も平田「リアル」の創造にかなり貢献しているような気がするのだが,
篠崎一家の人間が日常的に吐く差別的言辞は,朝鮮人使用人たちの心の深部を確実に抉るだけでなく,現代の観客の心を凍らせるような無意識の悪意に満ちている.これらの差別は劇中では多くの場合,喜劇的枠組みの中で提示される.篠崎一家は亜細亜人に対して払拭しがたい差別意識をいまだ持つ我々自身の姿であると同時に,我々は篠崎家の朝鮮人女中そのものでもあるのだ.たとえばヨーロッパなどで留学した経験のある人なら,善意に満ちた人々の親切の中に確実に存在する亜細亜人蔑視,日本人への嘲弄に,表情が凍りついてしまうような思いをしたことがある人は多いはずだ.相手が差別意識をむき出しにして人種差別的嘲弄を行うなら,彼らを軽蔑し黙殺するなり,場合によっては「けんか」をしてもよいだろう.品性卑しい人間が差別的言辞を吐くのはある意味で実に「自然」で当たり前のことなので,露骨な差別意識に基づく差別に対しては,腹立たしい思いはしても我々はあとで悪口などを言って憂さを晴らすなどすれば案外自分自身は傷つかないのだ.しかし知的にも程度が高くて,善意の固まりのような人間が無意識のうちに吐露する差別意識に直面したとき,我々はそれにすぐに反応できず固まってしまうことが多いのではないだろうか.こうした善意ある差別は確実に我々の心を傷つけ,屈折した感情を心の奥底に徐々に蓄積させていく.