閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

タン・ドゥン:『始皇帝』

3時間20分/世界初演/日本語字幕

  • オペラ台本:ハ・ジン
  • 指揮:タン・ドゥン
  • 演出:チャン・イー・モウ
  • 衣装:ワダ・エミ
  • 出演:エリザベス・フトラル(王女)、ミケーレ・デ=ヤング(シャーマン)、ポール・グローヴス(宮廷音楽家)、プラシド・ドミンゴ始皇帝)、ハオ・ジャン・タン(将軍)
  • 2007年1月13日(日本時間14日)MET上演

http://www.shochiku.co.jp/met/emperor/index.html

  • 劇場:東銀座 新橋演舞場
  • 評価:☆☆☆☆☆
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NYのメトロポリタン歌劇場の公演のライブ映像の配信上映.舞台の大スクリーン上映という試みは昨年頃から松竹の「シネマ歌舞伎」,ゲキシネの新感線公演などでぼちぼち行われるようになった.高性能のカメラを使って撮影された非常に鮮明な映像,工夫された多彩なカメラワークで画面の変化もある.音響もいい.生のライブの高揚感はないけれど,舞台の新しい楽しみ方の一つとして僕は肯定的に捉えている.
今回はMETの世界初演のオペラ.世評高いMETの公演を大画面で安い値段(三階席2000円)で観ることができること,演出が映画監督のチャン・イーモウ,衣裳がワダ・エミとなるとスペクタクルとしてつまらないものではないはずだ,ということでチケットを買った.作曲家のタン・ドゥンは名前を聞いたことがある程度で曲を聴くのは今日が始めてである.新橋演舞場の三階席はほぼ満席.両サイドにはお客は入れなかったようで空席.ただし4000円の一階席はかなり空席が目立った.
METのスペクタクルは予想をはるかに越える素晴らしい舞台だった.壮麗,巨大な舞台美術の迫力,劇的なドラマ展開,一流のパフォーマーたちによる吸引力抜群の演技,変化に富む音楽,繊細さとダイナミズムを備えた音楽表現,すべてにおいて圧巻,強烈なインパクトのあるスペクタクルだった.一流のエンターテイメントの贅沢さを存分に味わった三時間半だった.ベースは西洋古典音楽であり,作品構造もかなり保守的である.一九世紀オペラの理想像を二一世紀的なかたちで具現したような作品だった.中国的要素の入れ具合のバランス感覚が素晴らしい.卓越した表現技術を持つ京劇俳優を非常に効果的に用いていた.演出は全編にわたって計算しつくされたものだが,特に導入部,京劇役者が扮する陰陽師による口上による幕開けが印象的だった.ソリストたちのアリアもたっぷり聴かせ,観客を酔わせる.叙情的なアリアやデュオと大合唱の迫力とのコントラストもドラマ展開と密接に連動していた.
幕間に上演された舞台裏などを紹介するメイキング映像もよくできていて,本編の興趣をさらにもり立てるものになっていた.
超一流のエンターテイナーが莫大な金をつかって,全精力を傾けて作った舞台といった感じ.破格の贅沢がもたらすしびれるような陶酔を2000円で味わうことができた至福の三時間半.大満足.