閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

シフト

青年団リンク サンプル公演
http://www.seinendan.org/jpn/infolinks/infolinks061228.html

  • 作・演出:松井周
  • 美術:杉山至
  • 照明:西本彩
  • 衣裳:小松陽佳留
  • 出演:山村崇子,辻美奈子,古舘寛治,古屋隆太,小笠原康二,石橋亜希子,荻野有里
  • 劇場:小竹向原 アトリエ春風舎
  • 上演時間:一時間五〇分
  • 評価:☆☆☆☆
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松井周作・演出の作品は昨年五月に同じ劇場で『地下室』http://d.hatena.ne.jp/camin/20060522/1148311506を見ている.『地下室』は閉鎖的状況の中で,人間関係がグロテスクに変容していく様をリアルに描いた秀作だった.
青年団を母体とする新ユニット,サンプルの第一回公演となった今回の『シフト』は,民俗学的因習のただ中にある山村の一家族の話である.作品の雰囲気は前作との関連性を感じる.閉鎖的環境の中でどんどんエスカレートしていく関係の異様さを黒い笑いで描き出す.

入場するとまず特異な舞台美術に目を奪われる.60席ほどの客席が左右に分かれ,その中央に演技空間が設定されている.劇場内への入り口は端のほうに一カ所あるだけなので,向こう側の客席にたどり着くには中央の演技空間を横切って行かなければならないのだ.この客席配置では上演中の退室は相当勇気がないとできない.
中央の演技空間には天井から自転車,電灯,ポット,ギター,帽子,食器等々が大量にひもでつるされてぶらさがっている.そして綱引きで使うような太い縄が土俵のように床に円形を形作っている.この円形はまさしく「土俵」となることが劇後半で明らかになる.
ダム建設によって移転を強要された山村が舞台である.その山村はある新婚夫婦の妻の故郷であり,その山村に住む妻の一族を頼ってその夫婦が引っ越してきた.ところがその山村の生活はさまざまな奇妙な因習の中にあり,よそ者である夫がその因習の中で翻弄されるという話である.田舎についての時代錯誤なステレオタイプを意地悪く拡大され,その視点は田舎に対しあからさまに差別的である.戯画化された因習はセックスに関わるものが多い.フリーセックス幻想は未開地域に付与される記号のようなものだ.性にまつわる笑いの黒さは秀逸で,しばしば爆笑してしまう.
土俵の中央の演技空間は照明を暗転させるなどの操作もなく,どんどんと場所と時間を変化させていく.3人の人物のうち2人が去って,1人が残る.そこにまた別の人物がやってくると,新たな場が始まるといった感じだ.この場の変化はしばしば大きな時間と空間の変化を伴うが,この転換のやり方が洗煉されているため,物語の展開は極めてなめらかでスピーディである.天井からつり下げられた様々な日常的なオブジェは,しばしば無造作に登場人物によってとりはずされて,劇中の小道具に変わる.この仕掛けも独創的で面白い.
松井周作品の持ち味でもあり,難点でもあろうと僕は思うのは,その表現の悪意があまりにあからさまに,説明的な形で表明されていることだ.露骨な言葉や表現のやりとりは時にかえってせっかくの毒を薄め,凡庸なものにしてしまうこともあるように思う.表現がときに直截的すぎるように感じられることがあり,その直截性ゆえに作品自体が閉じた雰囲気になっているように思った.


今日の公演『シフト』では性的な問題を扱っていたが,閉鎖環境における異常な性の滑稽さを腹黒く描き出すのなら,青年団の役者にはもっと厳しい表現(ポツドール並みの)を強制することで,こちらをもっとびっくりさせて欲しかった.性器を露出するぐらいの勢いでやってくれたら,こちらの観劇後の後味はもっと複雑なものとなっただろうに.
このような作品を喜んで見てしまうことには若干の躊躇も感じないではない.松井周の作品は観客に後ろめたさ,共犯感覚を共有させる.
タイトルの『シフト』の意味がよくわからなかった.終演後,作者に質問すると「人間の欲望が変化(シフト)していくありさまを描いた芝居なので」といったようなことを答えてくれた.うーん,聞いてみると意図は分からないことはないけれど,作品表題としてはやはりわかりにくい.ちょっと考えさせるぐらいの仕掛けはタイトルにあったほうがいいとは思うけれど.今日の作品のエキセントリックな人物たちは,坂口安吾のファルスの傑作「黒谷村」の世界をちょっと連想させるところもある.
総じて満足度の高い公演だった.次回作も楽しみ.