閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

蝶々夫人

【作曲】ジャコモ・プッチーニ
【台本】ルイージ・イッリカ/ジュゼッペ・ジャコーザ

【指揮】若杉 弘
【演出】栗山 民也
【美術】島 次郎
【衣裳】前田 文子
【照明】勝柴 次朗
【再演演出】菅尾 友
【舞台監督】大澤 裕
【合唱指揮】三澤 洋史
【合唱】新国立劇場合唱団
【管弦楽】東京交響楽団
【主催】新国立劇場
キャスト

蝶々夫人】岡崎 他加子
【ピンカートン】ジュゼッペ・ジャコミーニ
【シャープレス】クリストファー・ロバートソン
【スズキ】大林 智子

  • 劇場:初台 新国立劇場オペラ劇場
  • 上演時間:二時間四五分(休憩25分含む)
  • 評価:☆☆☆★
                                                                                        • -

チラシの惹句に「日本人なら一度は観たい」とあるが,『蝶々夫人』は僕にとってはまさしくそんな作品で,舞台で観るのは今日が初めてだった.
2005年に初演された栗山演出の舞台の再演である.四階席最後列からの鑑賞.新国立劇場オペラ劇場はかなり高さがあるので,四回最後列となると奈落の底を覗くような感じだ.
舞台美術は簡素な半具象・半抽象のデザイン.灯台の内部を連想させる大きな円筒状のワンフロアの中央に,蝶々の屋敷が歌舞伎の舞踊の際に設置される所作台のような形で設置されている.柱が右手前に一本立っているだけで,三方に壁はない.奥には障子があって,その奥の間は観客には見えない.舞台右手には下に降りる坂道が,左手には上にのぼる大きな階段が螺旋状に続く.舞台は半円の壁に囲まれ,木肌の質感が全般に強調された簡素な美術.その壁に時折,人物の影が影絵状に投影されるのが効果的だった.照明は,白熱光を基調とし,多様な変化によって,音楽とともにドラマを盛り上げる.衣裳や仕草なども日本人演出家だけに違和感なく,美術と調和していた.第一幕の愛が盛りあがっていく場面では枯葉を美術のアクセントとして使い,愛の破局が徐々に明らかになる第二幕は桜の花びらをアクセントとして使うといった逆説的表現にもセンスを感じた.演出面では,舞台効果がよく計算されたシャープで洗煉された舞台だった.しかしこの洗煉ぶりゆえにものたりなさも感じたことも事実.『蝶々夫人』のような,日本への幻想的異国趣味が濃厚な舞台では,かえって外国人演出家,オール外国人キャストによる濃厚な味付けのネオ和風も味わってみたいように思うのだ.
演奏についてはよくわからない.特にオペラのオケの善し悪しについては全くわからない.指揮者がカーテンコールで挨拶したとき,四階席ではかなり強烈なブーイングが聞こえたのだが,実際のところどんなもんだったのだろう.
蝶々夫人役の歌手の容貌が,老舗旅館のやり手女将といった感じだったため,今ひとつ物語には入り込めない.オペラは何と言っても歌が命,なのだから,歌手の容貌は問題にするのが野暮,服装で誰が何を演じているのかわかればいい,といえばそれはそうなのだけれど.いささか尻のむずがゆくなるようなメロドラマの直球であるが,ドラマの作りはとてもよく出来ている.歌舞伎風の様式感でこの物語を再現したらさぞかし効果的であるように思ったのだが,既にそうした例はあるのだろうか.オペラでも,ク・ナウカ形式のムーバーとスピーカーで分けるスタイルが取り入られれば舞台芸術としての表現の幅はさらに広がるだろうにと思う.かつてこういったスタイルの演出のオペラを観たことがあるように思うのだが,現実には歌手のプライドや贔屓の歌手が歌っている場面こそ華とする観客の嗜好の問題があって,ク・ナウカ形式上演は難しいのだろう.
西洋の日本趣味の一態を典型的に示す傑作オペラ,やはり観ておいてよかった.