閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

Angels in America:国家的テーマについてのゲイ・ファンタジア

Part1:ミレニアム,Part2:ペレストロイカ
tpt 第60回公演

スタッフ

  • 作/トニー・クシュナー Tony Kushner
  • 訳/薛珠麗・TPTworkshop
  • 演出/ロバート・アラン・アッカーマン Robert Allan Ackerman
  • 演出補/薛珠麗
  • 美術・衣裳/ボビー・ボヤヴォッツキー
  • 照明/沢田祐二
  • ヘア&メイクアップ/鎌田直樹
  • 音楽/粟屋
  • 音響/高橋巌
  • 舞台監督/赤羽宏郎
  • キャスト:山本 亨 斉藤直樹 パク・ソヒ 池下重大 

チョウソンハ 宮光真理子
松浦佐知子 植野葉子 矢内文章 深貝大輔
小谷真一 アンソン・ラム

2007年3月20日(火) - 4月8日(日)@ベニサン・ピット

  • 上演時間:3時間20分[第一部,休憩二回(10,15分)含む],3時間40分[第二部,休憩二回(10分,15分)含む]
  • 評価:☆☆☆☆★
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上演時間がPart1,2を合わせて7時間という超大作.ゲイものでエイズがらみで社会派で長尺となると,見る前から満腹といった感じなのだが,とにかく方々で評判がやたらとよいのに好奇心をかき立てられ,公演が始まってから同日通しのチケットを購入した.作品は1991にPart1上演,翌年にPart2上演.日本では1994年にアッカーマン演出でPart1が銀座セゾン劇場で上演され,その翌年にPart2が上演されている.
tptでは,アッカーマン演出で,今回とほぼ同キャストで2004年にベニサンでリバイバル上演を行っている.今回は一部キャストを変更しての2004年版の再演となる.
対照的な二人のエイズ患者の同性愛者を中心に,モルモン教徒,ユダヤ人,黒人,ゲイなど米国社会では負の属性を持つ人たちの関わりを丁寧に描くことで,人間の「生と死」「愛」といったきわめて普遍的な問題を正面から考察する正攻法の作品である.天使は若いエイズ患者のもとを訪れる.しかしボロボロの羽をもち,下品に笑い,猥雑さを発散させる天使は,病に苦しむ彼の苦悩を救う存在ではない.天使のまがまがしさはむしろ彼をさらなる苦悩の中へと追いやり,彼を生と死の混乱の中に導いていくのだ.様々な立場の登場人物たちは,二人のエイズ患者を軸に奇妙な連鎖をなし,それぞれがそれぞれの立場で「生」についての根本的な問題のただ中で誠実に苦悩することを強いられる.
こうした内容にもかかわらず,芝居自体は重苦しさや陰鬱さはないのだ.ベニサンピットの空間の高さと奥行きを十全に活用した場面転換はスピーディで,濃密なエピソードを停滞感なく次々と重ねていく様は実に鮮やかである.各登場人物は人生についての深刻な問いをそれぞれつきつけられるわけだが,その苦悩のしかたは彼らの身の丈にあったものであり,その有様は深遠さと日常性が常に同居する実に人間臭いものである.ハッピーエンディングであるとは必ずしもいえない.彼らの抱えているリアリティに大きな変化は訪れていないのだが,登場人物の真摯で,そして真摯であるだけに滑稽でもある格闘ぶりは,終演後に大きなカタルシスを与えてくれる.正真正銘の力作であり,充実した演劇的感興を味わうことのできる作品である.

役者陣はそれぞれ熱演だったのだが,その中でも宮光真理子の個性がとりわけ印象的だった.情緒不安定で薬物中毒のモルモン教徒というエキセントリックな役柄だったのだが,ひょろっとしたプロポーションと独特な雰囲気を持つ猫目の表情で,ヒステリックな人物を演じているのにも関わらず常に強烈なコケットリーも発散している.出演場面が終わった後に舞台外にひっこむときの走り方もまた何とも言えず可愛らしい.