閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

アニェス・ベラドンヌ Agnes Belladone

フランス演劇クレアシオン
シアターΧ提携公演
http://www.geocities.jp/kureashion/07_04_11anies/anies_index.html

  • 作:ジャン・ポール・アレーグル Jean-Paul Alegre
  • 訳・演出:岡田正子
  • 美術:皿田圭作
  • 照明:小嶋伸一
  • 衣裳:井上よしみ
  • 出演:木村有里安原義人、小山武宏、末次一恵、坂本岳大、長田万里
  • 上演時間:一時間30分
  • 劇場:両国 シアターΧ
  • 評価:☆☆☆☆
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さえないWebページとチラシのデザイン、そこに掲載された固い修辞が連なる自賛の文章から、野暮ったい新劇系のお芝居を思い浮かべ、全く期待せずに劇場に向かう。ところが地味な新劇系芝居ではあったものの、非常に繊細できっちりと書き込まれた脚本の作品で、思いの外ひきこまれてしまう。作者は1951年生まれのフランスの劇作家。バックステージ物の佳篇だった。アニェス・ベラドンヌは主人公のベテラン女優の名前。パリの小さな私立の劇場でひっそりとロングランされていそうな作品だった。
五場からなるが、その始まり方と最後は第五場を除いていずれも同じパターンになっている。最初は終演直後、ベテラン女優アニェスの相手役のさえない俳優、アニェスの夫でもあるイゴールが疲れ切って入ってくる。各場の最後はアニェスの楽屋に集まった六人の人物のうち、衣裳係のジゼル以外の五人がそろって高級料理店に出かける。一人残ったジゼルの短い独白で暗転。
五つの場はいずれも、同じ演目の舞台の終演後だが時間軸に沿って並んでいて、第一場は舞台初日、二場は三〇回目、三場は一〇〇回目、四場は二〇〇回、五場は三〇〇回。ただし五場にはアニェスは登場しない。
役者としてははるかに劣る存在である夫に対して女王のように振る舞うアニェスだが、その傲岸不遜な言動の中に彼女の舞台女優としての矜恃と誠実さ、舞台に対する確固たる哲学が含まれていることが、場が進むにつれ徐々に明らかになっていく。気がつくと彼女の廻りの人間、そして観客はアニェスの女優としての生き様の力強さに魅了されていることに気づく。あの暴君のような振舞は、彼女の役者としての本質的部分を守るための鎧のようなものだったことがわかってくる。
端正で穏やかな雰囲気の作品である。アニェスの人物像が徐々に明らかになっていく過程がとても繊細なやりかたで手辞されている、同じ場の同じ時間(終演直後)の同じシチュエーションの繰り返しからゆっくりと明らかになっていくのは優れた演劇的手法だった。
登場人物はおそらく意識的に類型的に設定されている。しかしその類型を、日本の新劇的類型によってさらに変換してしまったため、この芝居に関しては舞台の印象がとても野暮ったく、保守的なものになってしまった。あまりにも約束事めいた、若干そらぞらしさも感じる、記号的再現になってしまったのはもったいない。主演女優木村有里をはじめ、ダメ男を演じたテアトル・エコー安原義人、衣装係を堅実に演じた末次一恵などの演技は悪くないのだが、あまりにも型にはまりすぎているように思え、不満を感じる。照明と音楽の使い方、美術などにも洗煉が欲しかった。
今ひとつの物足りなさは感じるものの、シンプルながら品格を感じる落ち着いたウェルメイドプレイ、予想外に楽しめた舞台だった。