閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

麦の穂をゆらす風

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上映時間 126分
製作国 イギリス/アイルランド/ドイツ/イタリア/スペイン
初公開年月 2006/11/18
監督: ケン・ローチ
製作: レベッカ・オブライエン
脚本: ポール・ラヴァーティ
撮影: バリー・アクロイド
美術: ファーガス・クレッグ
音楽: ジョージ・フェントン
出演: キリアン・マーフィ、ポードリック・ディレーニー、リーアム・カニンガム、オーラ・フィッツジェラルド

昨年のカンヌ映画祭パルム・ドール受賞作品。昨年夏にフランスに行ったときに、現地でロードショー公開されていた。フランスの雑誌等の評ではおおむね絶賛されていたが、日本ではそれに比べるとひっそりとした上映だったように思う。アイルランドものの傑作ということで、上映されたおりには絶対に見に行くつもりだったのだが、上映館も多くはなかったし、気づかない間にロードショー公開は終わってしまっていた。
ケン・ローチ監督の作品を観るのはこれがはじめてである。映画の内容は正統的、きちきちの社会派。1920年前後のアイルランド独立をめぐるイギリスとの戦い、そしてアイルランド自由国成立後の内部闘争の様子が、一人のIRAメンバーを中心に描かれている。彼はマイケル・コリンズのような民族的英雄ではない。むしろ歴史の中で埋もれてしまった無名の存在である。
闘争の描写は叙事詩的な峻厳さに満ちている。戦慄する場面に、アイルランド民謡の素朴な響き、粗野で雑然としつつも不思議な安らぎも感じさせるアイルランドの自然の美しさが対照される。
前半部はアイルランドに駐留するイギリス軍兵士との闘争である。アイルランド人の尊厳を、野蛮に下品なやりかたで蹂躙するイギリス軍兵士の書き方はいささか図式的すぎる感もある。民族的誇りをないがしろにされ怒りに震えるアイルランド民衆に感情移入してしまうが、我々日本人とすれば、かつてわれわれの祖父の世代は中国や朝鮮に対して、この映画で悪役のイギリス軍のようにふるまったのではないかと思うと、複雑な気分になる。
この映画のプロットの素晴らしさは後半になるとわかる。アイルランド自由国が成立した後、今度は共和国派と自由国派の間で血みどろの内紛が再びはじまるのである。自治権を獲得した後も、アイルランドはイギリスの政治の老獪さによって、さらに苦しみ続けることになるのである。共和国派は自由国の政治的妥協を容認することができなかったのだ。
権力の座にある自由国支持派は、かつての同志であった共和国派の人々の弾圧を始めざるを得なくなる。皮肉にもアイルランド自治獲得という長年の悲願達成によって、同じ民族内での対立が激化してしまうのだ。この歴史の強烈なアイロニーをケン・ローチは容赦なく描き出す。