閑人手帖

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病気の社会史:文明に探る病因

立川昭二岩波書店、2007年)
病気の社会史―文明に探る病因 (岩波現代文庫)
評価:☆☆☆☆★

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麻疹で非常勤講師として出講している大学が全面休講となった。これとは別の大学の図書館で暇つぶし用の本を探していたときに、目にとまった著作である。初版は1971年で30年以上の前だが、つい最近岩波現代文庫で再版された本。悪疫の流行を社会史的側面から紹介・考察した名著だった。
ヨーロッパ古代から近代日本までの長大な期間を扱っているため、また初版が30年以上前ということもあり、古代、中世、ルネサンスの時代認識については粗いところがあるが、その勢いのある文体で書かれた記述は悪疫と文明社会の関係の思いがけない重要性を気づかせてくれた。
序章、終章を除くと九章からなり、第一章から六章までは、古代ギリシャ社会を滅亡に追い込んだ正体不明の疫病、中世のハンセン病とペスト、ルネサンス期に大航海時代の幕開けとともに流行した梅毒、産業革命時の結核、近代におけるガン、コレラといった世界史(西洋史)レベルにおける時代を代表する疫病について記述されている。第七章から第九章は日本の近代、西欧化と富国強兵によってもたらされた疫病の惨状を社会史的観点から考察したものになっている。著者の哲学的な文明史観が、それぞれの考察では表明されていて、その部分が記述に生彩を与えている。
終章の著者のことばを引用すれば「病気は文明なり社会なりによって創られ」、「病像は時代によって移り変わり」、「疾病にも歴史的法則があり」、「病因が歴史的分析によって解かれ得る場合がある」ことがこの著作ではしっかりと示されている。
岩波現代文庫版用に著者はあらたに短いあとがきを加えているが、齢80となってもこの著者の問題意識は、この著作が書かれた三十六年前同様、明晰さを失っていないことがわかる文章だった。