閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

THE BEE

野田地図/NODA・MAP番外公演
http://www.nodamap.com/02thebee2/cast.htm

《キャスト》
【日本バージョン】
野田 秀樹
秋山 菜津子
近藤 良平
浅野 和之
野田 秀樹
《スタッフ》
原作:筒井 康隆 〜「毟りあい」(新潮社刊)より〜
脚本:野田 秀樹 Hideki Noda & コリン・ティーバンColin Teevan
演出:野田 秀樹
美術:堀尾 幸男
照明:小川 幾雄
選曲・効果:高都 幸男
舞台監督:瀧原 寿子
プロデューサー:北村 明子
提携:世田谷パブリックシアター
企画・製作:NODA・MAP

  • 劇場:三軒茶屋 シアタートラム
  • 上演時間:約70分
  • 評価:☆☆☆☆★

これまで野田地図の公演を見て感心したことはなかったが、今回の番外公演は「やられたぁ」と声が思わずもれるような快作だった。70分の短い作品だが、その稠密さに息が詰まるような思いをしながら、舞台を注視してしまった。
原作は筒井康隆の初期の短編である。かつて読んだことがあり、芝居を観る過程でその内容を思い出した。初期筒井康隆に特徴的なスラプスティックな笑劇的展開の中、人間の心理の暗闇を露悪的に描く系列の作品の佳作ではあるが、筒井作品の中ではそれほど突出した傑作というわけではないと思う。
しかし野田は、筒井の乾いた文体では作品の背景に隠されていた人間の嗜虐性の陰惨さを、多彩で創意にみちた演劇的仕掛けによって、生々しく再現する。巨大な黄土色の紙が吊されただけのごくシンプルな舞台。そののっぺりした舞台美術が、そしてごくありふれた机や鉛筆や箸といった舞台上のオブジェが、野田の演劇的魔術によって、禍々しい呪詛のオブジェのように変化し、観客の想像力をかき乱す。
一度スイッチが入ってしまった後は、その暗く根源的な快楽性ゆえに自己破滅の段階までどんどんとエスカレートしていく嗜虐的な欲望のおぞましき有り様を象徴的に描く野田の演劇的想像力の悪魔的素晴らしさにしびれるような感動を覚える。
そしてその演出に応える役者たちの演技力。秋山菜津子、浅野和之という演技力と個性を兼ね備えた名優、近藤良平という異質な才能は、それぞれその持ち味を十分に発揮していたが、役者たちのなかでも一等飛び抜けた存在感と凄みを感じたのはやはり野田秀樹の演技だった。
THE BEE、蜂は、こうした悪への衝動の象徴として劇中に現れる。蜂の羽音の人間の神経を逆なでするわずらわしさ、刺されることへの恐怖感、昆虫特有のグロテスクな姿形は、人間がときに陥る狂的な嗜虐性を目覚めさせるのにふさわしい。徐々に非人間的領域までエスカレートしていく暴力衝動の中に、不快感とともに確実に存在する快感のおぞましさを、この舞台は我々に直視させる。そして観客である我々はそうした生々しい残虐さから目をそらすことができない、そういったヒドイ有様を見物したいという欲望を自分が抱えていることを、意識せざるをえなくなるのだ。

異なる舞台美術と演出、そしてイギリスの実力のある俳優たちによって演じられる「ロンドン・バージョン」も是非見比べてみたいところだけれど、うーん、やっぱ無理だろうなぁ。