閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

らも:中島らもとの三十五年

中島美代子(集英社、2007年)

らも―中島らもとの三十五年

らも―中島らもとの三十五年

評価:☆☆☆☆

                                                                          • -

「天然ボケ」と人から呼ばれる、あるいは自称する人がいるが、三年前に階段からの転落事故で死亡した中島らもの妻、中島美代子は最高レベルの天然ボケの人かもしれない、と読んで思った。そのセンセーショナルな内容がかなり大きな話題になっているが、妻による夫、中島らもについての手記である。

「野生種のお嬢さま」であった著者が初めてセックスをしたのは中学二年生のときだった。熱心なカトリック信者である彼女は、教会の教えに従い、人に思いやり、親切にすることをモットーとしていた。著者の記述によると、それゆえ好きな人に求められれば拒否することができないのだ。当時の恋人とセックスをしていると、ある日母親に現場を発見されてしまった。今にも憤死しそうになった母親に、恋人の一学年上のマサオくんは以下のように言ったそうだ。

「僕たち結婚しますから」
母は慌てて言った。
「そんなこと言われても困る……」
そりゃそうだろう。(38-39頁)

中島らもと知り合ったのはらもが高校生、彼女が短大一年のときだったそうだ。当時のらもはジャズ喫茶に通い、煙草、薬物、シンナーをたしなむ不良学生ではあったが、本質的には線の細い過保護家庭のぼんぼんだった。四年間の熱烈な恋愛時代を経て、彼らは結婚する。らものアナーキーで破滅的な生活は、ある面この大らかすぎる伴侶によって、助長されたことは確かであるように思える。彼女はすべてを受け入れ、拒否しない。これがエスカレートした結果、らもの小説『バンド・オブ・ザ・ナイト』のモデルになった狂騒的な日々が始まる。月に数十人の得体の知れない人間が家に寝泊まりし、薬物、シンナー、乱交を繰り広げる日々である。らもがいくつかのエッセイの中でおもしろ可笑しく語り、『バンド・オブ・ザ・ナイト』で詳細に記述したあの日々は、現実だったのだ。

『バンド・オブ・ザ・ナイト』の時代は、薬やお酒と、それから恋愛とセックスの時代でもあった。
 あの頃、らもも私も何人の人と寝ただろう。
 らもは他の女の子とやりたかったんだろう。でも、私は他の人と寝たかったわけではない。ただ、ラリっていたし、そういう雰囲気だったし、何より、私はらもに「彼としいや」と言われるので、少々嫌いな相手とでもやった。(119-120頁)

既にこの時代、幼い子どもが二人いた。子どもたちには、「自分の部屋以外には絶対行っちゃ行けないと言ってあった」し、「たいがい夜のことだったので、子どもはたぶん気づいていなかったと思う」。変人と悪徳の巣窟のような環境だったが、「子供たちにとってたくさんの大人を見ることもそう悪いことではなかったんじゃないかな。」(122頁)。
ええーっ!!? そりゃ家中で乱交していたわけだから、気づいてないわけないやろ、と思わず読みながらつっこみを入れてしまう。
ここまで来ると「天然ボケ」も驚異的レベルだ。

著者はこうした生活を悲壮なものとして書いていない。むしろ他人事のように淡々と記す。しかし見知らぬ人間が大量に居候し、クスリと酒、乱交が続く生活は、家庭にとって大きなストレスになっていないわけがない。著者が咳止め薬ブロンと睡眠薬にはまり、深夜にオートバイを疾走するようになるのも、この乱脈生活のストレスが原因であることは確実に思える。

らもと出会った当初から新婚までの熱烈な恋愛は大きな幸福感に満ちている。しかしこの『バンド・オブ・ザ・ナイト』の時代、中島らもが作家として世に出て行く頃から、筆者の記述には重苦しい雰囲気が漂うようになる。この時代は、中島らもわかぎゑふと深い不倫関係に陥り、実質的に家庭放棄していた時代だからだ。三十代四十代の大半、つまり彼の後半生のほとんどを、らもはわかぎゑふとともに過ごしていたのだ。劇団の方針をめぐってわかぎゑふとらもの対立が決定的になり、らもが彼女と別れ、家庭に戻るのは、らもの最晩年のことだったことがわかる。
著者にしてみれば、劇団とわかぎゑふに、らもと幸せを奪われたような思いに違いない。らもが彼女から離れていったのは、彼女のけたはずれのやさしさとだらしなさゆえだったにせよ。この著作の後半の大部分はわかぎゑふとの確執についての記述にあてられている。著者はわかぎゑふについて感情的な悪口は一切書いていないが、その冷静な筆致の端々には彼女への深い怨念を感じずにはいられない記述がこぼれ落ちている。もしかするとこの手記を筆者に書かせた一番の動機は、わかぎゑふへの怨念であるようにさえ思える。この後半部では筆者は「天然ぼけ」ではなくなっている。

最後の最後にらもを自分に取り戻すことができて筆者は大きな満足と安心を得たようだ。しかしこの三十五年の結婚生活、果たして幸福であったのだろうか。筆者自身は幸福であったと述べる。しかしこの手記を読む限り、実質的な蜜月期間は最初の七,八年ほどに過ぎないように思える。その後はほとんどらもは家庭を放棄していたも同然だった。筆者の「天然ぼけ」は最初はお嬢さま育ちがはぐくんだ自然なものであったかもしれないが、年をとってからは夫は外で他の女と暮らし、二人の子供を抱えての怒濤の日々の中で、自分を守るために強固に纏った鎧のようなものであったようにも思える。

彼女のらもとの最も幸福な思い出は、第一章で記述されるらもとの最初のキスである。「あんなに不器用なキスが、それだけであとの長い人生を生きていけるほどの素敵なキスになった」(30頁)と著者は記す。
人間はこうしたごく些細な幸福の記憶がいくつかあれば、その記憶を頼りにずっと生きていけそうな気が、僕もする。