閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

ウィリアム・サローヤン戯曲集

  • 作:ウィリアム・サローヤン William Saroyan
  • 翻訳:加藤道夫、倉橋健
  • 収録作品:「わが心高原に」(倉橋訳)My Heart's in the Highlands、「夕空晴れて」(加藤訳)Coming through the Rye、「おーい、救けてくれ!」(倉橋訳)Hello Out There、「君が人生の時」(加藤訳)The Time of Your Life
  • 早川書房(1969年初版、1986年改装版)
  • ISBN:4152030798
  • 満足度:☆☆☆☆☆
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アメリカの劇作家・小説家であるサローヤンについては、先日中野成樹誤意訳によるサローヤン作品を見るまで、名前を聞いたことがある程度で、作品を読んだことはなかった。早川書房の上記作品集には四作品収録されていて、このうち「夕空晴れて」と「おーい、救けてくれ!」が一幕ものの短い作品、サローヤンの処女戯曲である「わが心高原に」は75ページほどの中編で、「君が人生の時」は五幕ものの作品でサローヤン戯曲の中では最も有名な作品だそうだ。この戯曲集に収録されている四作品のうち、倉橋健訳の二作品についてはつい最近ハヤカワ演劇文庫に再録されている。ISBN:978-4-15-140013-1
ウィリアム・サローヤン1」となっているのでいずれ他の作品も演劇文庫に収録される予定なのだろう。
翻訳の初版は1969年だが、1953年に35歳の若さで自殺した加藤道夫訳にはさすがに多少古びたところもないわけではないけれど、どの作品も自然で滑らかな口語訳でとても読みやすい。
そして収録されている四作品がことごとく素晴らしい傑作で、僕はすっかりサローヤンが気に入ってしまった。どの作品の奥底にも人間存在への絶対的な信頼感と優しいまなざしを感じる。その精神の素朴な健全さは、声高に強くあからさまなかたちで主張されているわけではない。社会の周縁で生活を送る、逆境のなかでも誠実であろうとする人々のつぶやきによって、この健全さはひっそりと伝えられる。一幕もの戯曲はアフォリズムを連想させる象徴なことばに満ちた優れた寓話劇だ。「わが心高原に」はひとりの少年の視点を軸に、ある種の牧歌的世界とその喪失を描き出す田園詩劇だと僕は思った。五幕の「君が人生の時」は、とある海港都市の場末のバーに集まる慎ましき人々のけなげな美しさを、戦争の影とともに描き出す叙情的な群像劇、社会劇である。