閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

鳥瞰図

新国立劇場 シリーズ・同時代
http://www.nntt.jac.go.jp/season/updata/20000039_2_play.html

  • 作:早船聡
  • 演出:松本祐子
  • 美術:島 次郎
  • 照明:小笠原純
  • 音響:藤田赤目
  • 衣裳:前田文子 
  • 出演:渡辺美佐子 浅野和之 野村佑香 八十田勇一

弘中麻紀 浅野雅博 佐藤銀平 品川 徹

  • 劇場:初台 新国立劇場小劇場
  • 上演時間:2時間10分
  • 評価:☆☆☆☆
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若手の演劇人の新作をベテランの演出家が演出するシリーズ同時代の第一弾。
早船聡作・演出の舞台を見るのは今回が初めてだった。演出は文学座の松本祐子。
とてもよくできた芝居だった。面白かった。ゆったりと劇の展開に身を任せつつ、楽しむことのできる芝居。2時間強の時間、眠くなることはなかった。じんわりとした満足感を味わう。

山本周五郎の連絡短編小説『青べか物語』から着想を得たという(ちなみにこの作品は山本周五郎作品の中で僕がもっとも好きな作品だ)。『青べか物語』は確か浦安、行徳あたりの土地がモデルだったが、『鳥瞰図』もディズニーランドに程近い、浦安近郊の海辺にあるうらぶれた釣り宿が舞台となっている。かつては豊かな自然の恵みを享受した漁村だったが、今では開発による埋め立てで漁業はすっかり衰退している。宅地造成などで町の風景はすっかりかわってしまった。

釣り人宿は寡婦となった年取った女将と、40台後半もしくは50台はじめの息子が切り盛りしている。息子は何年か前に離婚し、今は独身だ。この息子がこの釣り人宿の三代目となる。古くからあるこの釣り人宿は近隣の住民が立ち寄る集会所のような存在だ。女将には長女がいたが、その長女とは何十年も連絡を取っていない。その長女が交通事故で急死したという知らせが何日か前に入る。娘の死に女将は大きく動揺する。娘と今一緒に住んでいる息子は、女将の先夫の子供だった。船宿の主人は再婚の相手である。
女将が娘の死の知らせのショックからようやく立ち直ったころ、娘の長女、女将の孫娘が突然船宿を訪ねてくる。初めて会う孫娘を前に、女将の様子はあきらかにおかしい。孫娘もどこか心を閉ざしているようなところがある。また息子も何か秘密を抱えていることが暗示される。

前半部で提示される錯綜した人間関係のなぞは、サスペンスとして後半部に持ち越される。宙ぶらりんの状態で前半は過ぎるのだけれど、釣り宿での人々の日常的なやりとりが写実的にかつ喜劇的に提示させられていてフラストレーションを感じない。ちょっとさびれた船宿での人々のユーモラスなやりとりは、素朴でどこか懐かしさを感じさせる。
前半の伏線は後半で徐々にゆっくりとあきらかにされていくのだけれど、明らかになる事実はとりわけ劇的なことがらではない。どちらかというとありふれた、程度の差こそあれ多くの人々がかかえていそうなレベルの個人的な問題。過去および現在の自分の行動へのやましさ、そして恋愛。
時とともに変化してしまった港町の風貌と同じように、過去の記憶も変化していく。しかしその記憶にまつわる思いは、時によってその色合いは変化しても、決して消え去ってしまうことはない。やましさは、決して落ちないしみのように、時折心の奥ではげしくうずく。
この劇の登場人物の多くは,何らかのかたちで恋愛に起因する傷を負っている.離婚経験者が3名,浮気がばれて離婚の危機にあるのが1名.

海辺の町の変化を背景に、釣宿の三世代の人間の抱く心の葛藤を鮮やかに、ニュアンス豊かに描く優れた脚本、演出の舞台だった。渡辺美佐子、浅野一之という名優の役者力が遺憾なく発揮されている。とりわけ渡辺美佐子の可愛らしさは尋常ではない。

同時代シリーズ、第一弾、予想以上に充実した舞台だった。あとの二本も楽しみになってきた。
早船聡が主宰するサスペンデッズの公演も見ておきたくなった。
http://suspendeds.jugem.jp/