閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

いのちの食べかた

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UNSER TAGLICH BROT OUR DAILY BREAD

  • 上映時間:92分
  • 初公開年月:2007/11/10
  • 監督:ニコラウス・ゲイハルター
  • 撮影:ニコラウス・ゲイハルター
  • 編集:ウォルフガング・ヴィダーホーファー
  • 映画館:高田馬場 早稲田松竹
  • 評価:☆☆☆★
                                                        • -

これも予告編映像を見て見てみたくなった作品。
数年前、豚の人工授精と精肉加工についての書類を日本語に翻訳するアルバイトをしたことがあった。このアルバイトのおかげで人工授精によって豚が工業製品の如く生産され、食肉として加工される過程をかなり詳しく知ることができた。そして、われわれが今、日常的に肉を安価に食べることができるのは、食肉用家畜が工場生産品さながらに組織的に、計画的に生産され、そこで生産された食肉がきっちりと流通するシステムが確立されているからこそだ、というごく当然の事実に気がついたのだった。家畜の食肉処理システムも流通経路の確立されていない発展途上国や、あるいはちょっと前までの日本は、肉は現在よりもはるかに贅沢品だったに違いない。
美味しんぼ』などに出てくる無農薬環境での農産物、ゆったりとした環境で育てられた家畜の肉は、たしかに健康にいいだろうし、味も美味しいのだろう。しかし当然生産にかかるコストは、農薬農産物や工業生産品的食肉よりもはるかに高額になることは間違いない。供給も不安定になるだろう。現代日本のわれわれの多くが、日々の食事についてそれほど深刻に考えずにすむようになったのは、ある面、こうした農産物、畜産物の大量生産システムのおかげであるようにも思える。

このドキュメンタリーでは、一般庶民が日常的に口にする食材の生産風景が、何のナレーションも説明も加えられないまま淡々と映し出される。このドキュメンタリに映し出されているような大量生産農産物、畜産物のおかげで、われわれの日常食生活は成立しているのだが、その生産の風景はうんざりするほど単調で、殺伐としている。何の説明もなく映し出される映像の単調さと退屈さは、こうした食材の大量生産の現場の単調さを反映している。食肉として加工される運命の家畜は、生き物でありながら生き物でない。生命の尊厳というメッセージを自然の中で生きる野生動物のすがたにこめたドキュメンタリー映画の併映作品として、動物でありながら生命の尊厳を認めることが「認められない」家畜という生き物を描き出すドキュメンタリー作品を並べるというのか、かなり皮肉が利いているように思う。まさに「モノ」のように命を扱わない限り、われわれの食卓に肉を並べることはほぼ不可能なのだ。この矛盾を解消するには、最終的には菜食主義者になるしかないかもしれない。
屠畜、とりわけ大型獣である牛の屠畜場面はとてもインパクトがあった。この単調なドキュメンタリのクライマックスとして屠畜場面は最後のほうにまとめらているが、もっとじっくりとこの過程を映し出してほしかった。