閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

ハローワーク

国分寺大人倶楽部 第4回公演
http://www.geocities.jp/bunji_adult/

  • 脚本・演出:河西裕介
  • 照明:保坂真矢
  • 音響:五藤真
  • 映像:齋藤隼一
  • 美術:井上紗彩
  • 出演:梶野春香、河西裕介、岩瀬亮、遠藤留奈、後藤剛範(害獣芝居)、横山宗和、和田菜美子、吉江浩、井朋大、望月綾乃
  • 劇場:王子小劇場
  • 上演時間:2時間
  • 評価:☆☆☆☆★
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劇団初見。超リアリズムの舞台にはポツドールの影響を感じるが、ポツドールのような露悪性が強調された芝居ではなかった。今年見た芝居のなかでは、五本の指に入るぐらい好きな芝居になった。
六人の男の登場人物すべてに共感できる部分があった。自分の分身であるかのように感じられるところがあった。

夢に破れ、生活という現実の重さに疲弊しつつもそれを受け入れようとする人たちが登場する。目新しい主題ではないし、各登場人物ごとにそれぞれが抱えているリアリティを連作小説風に提示していくというアイディアも斬新というほどではないかもしれない。しかし脚本と演出が本当によくできている。町工場に働くブルーカラーの青年が抱えうるようなもやもやとした気分、不安定感に、ハイパーリアリズムの会話で、説得力のある表現が与えられている。ものすごく日常的で平凡な、明日なき青年の日常的倦怠のリアリティを見事に伝え、しかもそのエピソードの一つ一つの背景に各個人の内面的ドラマを想像させる。
華やかな世界を夢見つつも、生活の現実の壁にぶち当たり、閉塞状況にある青年、そして妻に先立たれ娘と二人暮らしの工場主任の心情を精妙に描き出した脚本はとても完成度が高い。この脚本のポテンシャルをしっかり引き出した演技演出もすばらしかった。各人物設定のディテイルもきっちり描き出され、登場するどの人物にも共感できる部分があった。
冒頭の朝礼の場面からぐっと引き込まれた。人物の自宅での日常を横に置かれたモニタテレビに同時に映し出すという小技もとても効果的に決まっている。役者のかもし出す雰囲気もとてもよく、嘘っぽさを感じない。とりわけ遠藤留奈、岩瀬亮、吉江浩の3人の役者が持っている味わい、魅力といったら。

登場人物のひとりはできちゃった結婚を機にバンド活動から足を洗った中年にはいりかけの男である。しかし彼も実は気づいているように結婚や就職といった生活のリアリティは彼の夢の実現の本当の障害であったわけではない。確かに都会のなかで一人ただ生きていくにせよ、実際にはかなりのお金が必要となるわけだが(家賃や食費、光熱費のみならず、年金、健康保険、税金、医療費など生活維持費を継続的に稼ぐことの大変さを僕が痛感するようになったのはそんなに昔のことじゃないのだけれど)、自分の才能に自信を持つことのできるうちは生活上の不安はそれほど苦にならないはずだ。しかし年をとるにつれ、自分を支えていた根拠のない自信がだんだんとくずれ、自分の能力に見極めをつける時期がやってくる。己の凡庸さ、無能さを苦い思いで受け入れなければならなくなる。

作品タイトルの『ハローワーク』は職業安定所の愛称だが、僕は『ハロー。ワーク』と分けて読みたくなる。自分の能力への幻想を捨てたとき、人は日常の「仕事」と真剣に向き合い、日常に埋没する覚悟が必要となる。生活するための「仕事」を扉をたたかなければならなくなったとき、その瞬間の苦い気分がこの芝居では表現されているように思う。それが「大人」になることだ。仕事とともにある日常は必ずしも灰色で重苦しい日々ばかりであるとは限らない。日常のときどきにありふれてはいるものの宝石のように幸福な瞬間がきらめくこともあるに違いない。しかし可能性という自分に対する根拠のない自信に支えられた若い時代にあった生の躍動感、充実感は、(おそらく)もう絶対に味わうことはできない。