閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

アテンプツ・オン・ハー・ライフ Attempts on Her Life

新国立劇場 シリーズ・同時代【海外編】番外リーディング公演
http://www.nntt.jac.go.jp/season/updata/20000180_play.html

  • 作:マーティン・クリンプ Martin Crimp
  • 翻訳:平川大作
  • 演出:北澤秀人
  • 映像:鳥井真央
  • 手話指導:田中文
  • 美術・照明・音響:新国立劇場技術部 シアターコミュニケーションシステムズ レンズ
  • 出演:新国立劇場演劇研修所第3期生
  • 上演時間:90分
  • 評価:☆☆☆★
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イギリスの現代作家の作品のリーディング公演。役者は台本を手にしているが、舞台上の動きは、照明、音響などは本公演同様の演出がついている。作品は1997年にロンドンで初演されたもの。1995年のサラ・ケインの処女作『Blasted』の上演がもたらした破壊的なインパクト以後、彼女の作品はイギリスの演劇界に多大な影響をもたらすが、『アテンプツ・オン・ハー・ライフ』の作者、マーティン・クランプはサラ・ケインが高く評価していた劇作家のひとりだと言う。クランプは1956年生れで、ケインより15歳年長だ。
17の断章的シナリオ場面からなる作品で、各シナリオには物語的なつながりは敢て積極的に断ち切られている。形式も内容も異なる17のエピソードを統合するのは、「アン」(あるいはアニー、アーニャなど)という名前の女性の人生の断片である。といってもこの「アン」が同一人物である保証はない。彼女のアイデンティティは各エピソードによってはなはだ異なっている。
脚本に登場人物の指定はない。ただ話者の交替が指示されているだけだと言う。それぞれの台詞は「誰が話してもよい」から話者の性別や年齢、国籍なども不明だ。移り行く場面、会話の内容からその場所の手がかりを観客は探しだす。揺らぐ人格から突然激しく暴力的な表現が投げ交わされる。不安定さのなかに漂う役者たちの動きとことばが、観客を悪酔いさせる刺激的な舞台だった。とは言うものとらえどころない表現が、始終暗めのなかで展開することもあり、前半は半睡状態での観劇となってしまった。「ああ変ったことをやる芝居だな、いったいどう変容して行くのだろう」と思っていると実はそれが夢だった、というようなことを4、5度繰り返す。後半になると劇の仕掛けが明瞭になってきて、覚醒したのだけれど。
とらえどころのない不定形な世界と曖昧な人格が引き起こす悪酔いににた感覚が面白い。音楽の生演奏やフォークソングの歌唱などを交える工夫はあったが、もっと時間をかけて各パーツの仕掛けを吟味し、表現を洗練させれば、面白い舞台になったに違いない。今のロンドンの演劇のとんがった雰囲気が伝わってくる非常に興味深い戯曲だった。

今日のリーディング公演は現在進行中のシリーズ・同時代【海外編】公演の番外企画ということで、本公演のチケット半券を提示すれば無料で観劇することができた。こうした海外の前衛戯曲の紹介は、新国立ならではの実験的試みだと思う。こうした活動も(というか公演を打つよりもこうした地味な活動のほうが)国立劇場の職務に相応しいように思う。今後も積極的に行なって欲しい。