閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

Cinq jours en mars 三月の五日間

  • 作:岡田利規
  • 仏訳:Corinne Atlan
  • 演出:Alexandre Plank
  • 出演:Laure Calamy, Delphine Cognard, Pierre-Félix Gravière, Maxime Kerzanet, Sebastien Pouderoux
  • 劇場:ロン=ポワン劇場 Théâtre du Rond-Point
  • 評価:☆☆☆☆★
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先週、パリのリのロン=ポワン劇場で、フランス人演出家、役者による坂手洋二の『屋根裏』を見てきたのだが、同じ劇場で火曜日の昼の12時半から岡田利規の『三月の五日間』のリーディング公演が行われた。無料公演である。無料公演とはいえ、平日の12時半から未知の東洋人の芝居のリーディング公演にやってくる物好きがそんなにいるもんかね、と思いながら劇場に行くと、180人収容の劇場がほぼ満席だった。リタイア組の老人夫婦が多い。日本人の観客はおそらく私だけだったと思う。

ロン=ポワン劇場に限らず、パリのいくつかの劇場やコンサートホールでは平日昼間にこうした無料の催しをやっているところがあるようだ。
無料の暇つぶしだということでやってくるのだろうけれど、暇つぶしといってもわざわざ劇場に足を運ぶくらいなのだからもともとけっこうな芝居好きのはずだ。オタク度、マニアックな人の割合ということで言えば東京の観客のほうがパリよりはるかに高いようにおもうのだけれど、パリのスペクタクルの層の厚さを感じるのは、前衛的な尖った公演でも若者から年寄りまで観客層がかなり広いことだ。古典芝居も学生の団体(コメディ・フランセーズには小学生の団体も来る)から老人まで幅広い。

今日のリーディング公演は平日昼間ということで老人夫妻が多かったのだけれど、学生っぽい若い観客もかなりいた。公演の主催はグルノーブルにあるアルプス国立演劇センター。

このリーディング公演が思いの他素晴らしい公演だった。あまり期待しないでいったのだけれど。まったく違和感なく、ごく自然に受け入れられる「三月の五日間」になっていたからだ。

男3人、女2人の五人の若い役者によって演じられる(もちろんフランス語で)。仏訳は『屋根裏』と同じコリーヌ・アトラン。前方には譜面台が五台並べられている。「語り」の番が来ると台本を持って役者が譜面台の前で語る。後方には長テーブルが置かれていて、出番でない役者たちはそのテーブルの上や足元にだらしなく座って、小声でおしゃべりしたり、ギターを弾いたり、前でしゃべっている役者をからかうような仕草をしたり、とにかくルーズな感じでたたずんでいた。

チェルフィッチュ風の不安定で痙攣的な動きの演出はなかったけれど、役者たちは語っている間中、もぞもぞ動きながらしゃべっている。そのしゃべり口調は、チェルフィッチュよりも早口で、日常会話的だ。郊外の若者言葉風の無造作でもごもごした話し方。通しの稽古は二回しかできなかったそうだが、役者たちはテクストを丁寧に読み取りそれぞれの人物像をしっかり作り上げていた。日本人の名前、渋谷、六本木などのローカルな地名、ラブホテルなどの特有の風俗が言及されるにもかかわらず、フランス人役者がフランス語で演じていることに不自然さを感じない。現代の若者の「プライベート」と「パブリック」の間にある違和感・距離感、都市を浮遊する不安定な感覚はしっかり伝わってくる。上演中も観客は人物たちの行動、説明にごく自然に反応し、しばしば笑い声があがっていた。

岡田利規の戯曲の持つ普遍性をはっきりと感じ取ることができる公演だった。公演終了後、役者、演出家、訳者、観客を交えての簡単な懇親会があって、そこで何人かと話をしたが、その反応ぶりにこの戯曲がフランス人の間でしっかりと理解され、支持されているのを感じ取ることができた。日本の現代演劇の先鋭といってもいい表現が、フランス人観客にちゃんと通じていたことに感動する。