閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

台湾の、灰色の牛が背伸びをしたとき

維新派
《彼》と旅をする20世紀三部作#3 埼玉公演CM映像 /維新派ウェブサイト

  • 作・演出:松本雄吉
  • 音楽: 内橋和久
  • 舞台監督:大田和司
  • 舞台美術:黒田武志(sandscape)
  • 照明:吉本有輝子・ピーエーシーウエスト
  • 音響:ZAK・田鹿充・move
  • 衣裳:維新派衣裳部・江口佳子
  • メイク:名村ミサ
  • キャスト:岩村吉純・藤木太郎・坊野康之・森正吏・金子仁司・中澤喬弘・山本伸一・小林紀貴・石本由美・平野舞・稲垣里花・尾立亜実・境野香穂里・大石美子・大形梨恵土江田賀代・近森絵令・吉本博子・市川まや・今井美帆・小倉智恵・桑原杏奈・ならいく・松本幸恵・森百合香・長田紋奈

青木賢治・内田祥平・村島洋一・安達彩・安藤葉月・入野雪花・大村さや香・関根敦子・武田裕子・中武円・堀井秀子・宮崎知穂・山本芙沙子・吉田由美

身長4メートルの巨人、「〈彼〉と旅をする20世紀三部作」の最終作。私は3年前に今日と同じさいたま芸術劇場でこのシリーズの第一作である『nostalgia』を見ている。

奥行きの広い舞台を効果的に利用した巨大な舞台美術は圧巻だ。作品の描き出す世界も広大だ。太平洋、日本からフィリッピンを経てジャワ島に至る島の道を舞台にした壮大なスケールである。板と丸太でくみ上げられた舞台装置がその広大な海と島々を表象する。中央部には電信柱が並び、それが舞台奥の暗闇まで津続いている。舞台奥には時折、やはり丸太でくみ上げられた巨大な建造物が現れる。セピア色を基調とする照明に照らされたこの空間のなかで、過去の時代の記憶から作り出された亡霊のような白塗りの人物たちが踊り、歌い、そして語る。彼らの間をゆらりゆらりと移動し、彼らを見守る巨大な〈彼〉がときどき姿を現す。

変拍子のリズムを刻む非定型的な音楽に合わせた群唱と群舞の場面と単独の語りを共鳴させあうことで提示される詩的かつノスタルジックな断片的状況説明の組み合わせで、太平洋戦争敗戦後までの数十年間にわたる太平洋アジア地域の島々が描き出される。日本の島々からの移民の歴史、牧歌的な南洋の楽園幻想から植民地支配、そして戦争に至る歴史である。痛ましく悲惨な歴史の被害を被った地域でありながら、そこはどこか柔らかで楽天的なノスタルジーの源泉でもあるような地域である。戦争の悲惨という歴史が記憶と忘却、南方への憧憬、幼き日々といったイメージの層の重なりのなかで、独特の幻想美を生み出していた。照明の効果が素晴らしい。マルコ・ポーロは『世界の驚異(東方見聞録)』の中で、日本(ジパング)も含めた東・東南アジアの島々を一つのまとまった地域として記述しているが、その記述に既にあった幻想的楽園のイメージの痕跡が感じられるような世界がこの舞台では描き出されている。

舞台美術の造形、人物の立ち位置と動き、そしてそれを照らし出す照明効果が絶妙だ。一つ一つの場面に豊かなイマジネーションが凝縮されていて、息を呑むような幻想美を作り出されている。私が今年見た舞台の中では、イマージュの美しさという点では一番印象的な舞台だった。私は維新派の作り出す視覚的幻想がとても好きなのだ。

アフタートークでこの夏に行われたこの作品の犬島での公演が話題になった。元精錬場の巨大野外空間でのこの作品の上演は話を聞くだけでもさぞかし圧倒的な迫力を持ち、大きな感動を観客にもたらしたことは想像に難くない。劇場地下のスペースでは犬島公演の写真展示も行われていてますますこちらの想像力が刺激された。完成度の点では今回の劇場公演のほうが上だと松本雄吉氏は言っていたが、犬島公演の話を聞いてしまうと、あの場所でこの作品を見ていないことがとても悔しい。