- 作・演出:タニノクロウ
- ドラマトゥルク:鴻英良
- 美術:田中敏恵
- 衣裳:太田雅公
- 照明:山口暁(あかり組)
- 音響:中村嘉宏
- ミュージシャン:阿部篤志(音楽、キーボード)、廣川抄子(Vn)、小久保徳道(Gt)、岸徹至(Bs)、秋葉正樹(Ds)
- 出演:篠井英介、毬谷友子、蘭妖子、マメ山田、手塚とおる
- 上演時間:80分
- 劇場:池袋 東京芸術劇場小ホール
- 評価:☆☆☆☆☆
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
- -
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
私が同じ舞台作品を二回見にいくのは極めて稀だ。どんなに面白いと思った舞台があったとしても、同じ舞台を二回見るよりはむしろ他の作品を見たいい。タニノクロウの作品は大好きなのだが「チェーホフ?!」も一回だけ見るつもりだった。しかし初日の舞台を見てもう一度見たいという欲望を抑えられなくなった。わけのわからない不思議な作品である。初日に見たときはとらえきれない部分があったし、正直ピンとこないところもあった。非常に面白い舞台ではあったけれどタニノ作品としてはインパクトが少々弱い感じがした。でもやっぱりもう一度見てみたい。二度目の観劇では一度目よりもはるかに深くこの作品の世界に浸ることができた。舞台自体はほとんど変わっていないが、作品を受け取る私に変化があったようだ。
チェーホフに関する劇といえば何年か前に井上ひさしによるチェーホフの評伝劇(『ロマンス』)の公演が世田谷パブリックシアターであった。シス・カンパニーとこまつ座の共同公演で、大竹しのぶ、松たか子、段田安則、生瀬勝久、井上芳雄、木場勝己といった巧い役者を揃えた公演だった。
井上ひさしはよく知られている四大戯曲からチェーホフを引き出すのではなく、ボードビル作家であり、ボードビルという形式に愛着を持っていたチェーホフ、そして医者としてのチェーホフという一般にはあまり知られていない側面に光を当てていた。このキャストで井上ひさしによる評伝劇ならばさすがにつまらない芝居にはならない。ボードビルという点に着目したというところに目新しさがあったが、正直、期待していたほど面白い舞台というわけでもなかった。
タニノクロウの『チェーホフ?!』もまたボードビル作家としてのチェーホフ、医者としてのチェーホフに焦点をあてたものとなっている。しかしタニノはこのチェーホフを思いきり自由な妄想力でデフォルメした上で、チェーホフが愛したボードビル的スタイルで作品を作り上げた。チェーホフについて注目した点は偶然井上ひさしもタニノクロウも似ているが、そこから作り上げた作品は二人の作家としての個性を反映したものになっている。そして「チェーホフ劇」としてどちらが私にとって魅力的なものであったかは言うまでもない。
異形のグロテスクでメルヘンチックなチェーホフ、滑稽な悪夢であるかのようなチェーホフ、タニノクロウの独創は彼以外の誰も到達できないような夢幻の世界を提示している。
篠井英介、毬谷友子、蘭妖子、マメ山田、手塚とおるという芸達者でありかつ作品を破綻させかねないほど強烈な個性を持つ役者が共演しているにも関わらず、彼らの個性はタニノの構想したまがまがしい世界のなかで、素晴らしい生演奏の音楽が作り出す音風景と神秘的で精妙なスペクタクルとともに、美しい調和を作り出していた。しかし彼らの個性が舞台のなかで殺されているわけではない。作品全体のなかのしかるべき場所に役者を含むあらゆる要素が見事に統合されている感じがした。
演劇フェスティバルなどに招聘されるヨーロッパ系の演出家やそれにおそらく影響を受けたと思われる日本の若い演出家には洗練されたビジュアルの舞台を作る才能に長けた人は珍しくない。しかし彼らが舞台上に提示した「絵」は確かに洗練はされているけれどもときにあまりにも無機的で素っ気なく、私は「活人画」演劇あるいは演劇的インスタレーションと若干の揶揄をこめて呼びたくなるようなものが少なくない。
スペクタクルの見事さという点ではタニノクロウも卓越した才能を持っている。『チェーホフ?!』での「絵」の美しさも驚異的なものだ。しかし私はタニノの舞台美術には「活人画」的なあるいはインスタレーション的なよそよそしさを感じない。役者の身体、舞台美術、音楽の協調が作り出した豊穣な演劇的驚異に、大きな快楽を感じながら私はどっぷりと浸った。
これはもうほとんど魔法のような体験である。あるいは催眠術にかけられ眠りのなかで甘美な幻影を見せられているような。
さらにもう一度見てみたい気がする。