閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

前進座創立八十周年記念 五月国立劇場公演

劇団前進座
前進座公演 
『唐茄子屋』

  • 作:平田兼三
  • 演出:香川良成
  • 美術:熊野隆二
  • 照明:寺田義雄
  • 音楽:杵屋佐之忠
  • 舞台監督:枦川孝一
  • 出演:嵐芳三郎、今村文美、藤川矢之輔、津田恵一、いまむらいづみ、西川かずこ、中嶋宏幸、益城宏
  • 評価:☆☆☆☆★

『口上』
秋葉権現現廻船噺(あきばごんげんかいせんばなし)』

  • 作:竹田治蔵
  • 改訂:渥美清太郎
  • 演出:鈴木龍男
  • 美術:金井勇一郎
  • 照明:寺田義雄
  • 音楽:杵屋佐之忠
  • 出演:嵐圭史、武井茂、山崎竜之介、山崎辰三郎、藤川矢之輔、松浦豊和、河原崎國太郎、中村梅之助、中嶋宏幸、益城宏
  • 評価:☆☆☆☆★
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毎年五月恒例の前進座の国立劇場での公演。ここ数年、空席が目立つことが多く、今回も空いていたら嫌だなと思っていたのだけれど、創立80周年記念ということで営業にもより力が入ったのか、2-3階席もまずまずの入りだった。ここ数年の間に中堅の実力のある俳優が何人か抜けてしまい、五月国立劇場公演は客席のみならず、舞台上も隙間が大きく感じることがあったのだけれど、今回の公演は若手から重鎮までが達者な役者が揃い、舞台映えの面でも充実感があった。
演目は落語の人情噺の翻案の『唐茄子屋』、創立八十周年記念の口上、そして1761年初演で前進座創立当時に復活上演されたものの、その後今まで上演されなかった時代物狂言『秋葉権現廻船噺(かきばごんげんかいせんばなし)』の三本立てだった。座の創立80周年にふさわしい非常に面白い公演だった。

『唐茄子屋』は劇団の若手の核である嵐芳三郎が道楽者の勘当息子、徳三郎を演じた。
親から勘当され途方に暮れた徳三郎は身投げしようとしていたところを伯父に拾われた。唐茄子(かぼちゃ)を売りさばくことができたら勘当を解いて貰うよう口ききをしてやると伯父に言われ、唐茄子売りに出かけるものの、根っからのぼんぼんの軟弱者である徳三郎はまともに天秤棒さえ担げない。たまたま入った下町長屋の親分の温情で唐茄子を売りさばくことができた。しかしその長屋に住む貧しい母子に同情して、ボンボン育ちで人のいい徳三郎は唐茄子の売り上げを全部その母に渡して伯父の家に戻る。云々という噺。もともとは落語が原作だが、平田兼三は上手に翻案してあって、世話物狂言としての違和感はまったく感じない。徳三郎は上方の「つっころばし」風に演じられていた。こういった捻りの乏しいこういう「イイ話」を白々しさを感じさせずにまっすぐ観客に届けるのは難しいと思うのだけれど、ベテラン、若手の混じる役者たちのアンサンブルのよさ、そして嵐芳三郎の行き届いた丁寧な役作りが、人情噺のユートビアを説得力のある劇世界にしていた。

口上では中村梅之助以下、中心となる役者が前進座の歴史を述べる。中村翫右衛門以来、脚光を浴び勢いのあった時代もあったけれど、苦難の連続だ。何度も危機を乗り越えよく八十年存続したものだと思う。私は前進座の芝居が好きだ。前進座の芝居はまさにこの劇団でしか見られないような、率直さ、真摯さ、清冷さがある。一年に一度くらい座の芝居を見るとこちらの曲がった根性を矯正されるような感じがする。商業演劇の成功に必要となるスターとしての華やかさには若干欠けるかもしれないけれど、昨年襲名した嵐芳三郎をはじめ、若い世代にも河原崎國太郎、柳生啓介、中島宏幸等々、芸達者で魅力的な役者には事欠かない。苦しい時期が続くなか、座に踏みとどまり、相変わらず見事な芝居を見せてくれる彼らに座の再興を期待している。歌舞伎はコマ不足で近年前進座では公演を行うのが難しくなっているようだが、松竹の歌舞伎にはない魅力がある。役者が持つ華を特権的に強調するのではなく、ドラマ、演劇としての歌舞伎の魅力を密度の高いアンサンブルで提示しているように感じる。

後半の時代物、竹田治蔵作『秋葉権現廻船噺』は松竹歌舞伎でも上演されたことがない作品で、前進座では創立当初に上演されたきりの作品だと言う。悪の寓意のような大盗賊、日本駄右衛門が大活躍する大らかな雰囲気の時代物である。時代物特有のユーモラスな演劇的誇張、荒唐無稽の数々を楽しむことのできる愉快な作品だった。