閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

最後の賭け Rien ne va plus (1997)

映画の國名作選II クロード・シャブロル未公開傑作選

シアター・イメージフォーラムでのクロード・シャブロル未公開作品三本の上映を観に行った。なぜこれまで未公開だったのかが不可解なほど面白い作品ばかりだった。倦怠、機知、意地悪、憂愁、退廃、曖昧さ、洗練、気取り、諧謔、皮肉などなど、乳白色のフィルタ越しに撮影されたかのような柔らかで美しい映像の向こう側には、私がフランス映画に期待するものが凝縮されているような気がした。この手の作品が好物の人にはたまらない作品ばかりだと思う。
三作品ともに楽しんだが、個人的な好みからすると、一番好きなのは『甘い罠』、二番目が『悪の華』である。『最後の賭け』は年の離れた男女二人組の詐欺師を主人公としたコメディ(といってもかなりひねくれているのだが)で、他の二作品とはちょっと趣が異なる作品だった。「だますものがだまされる」というコメディの定型を、からみつくようなもっさりとした独特のリズムの展開のなかシャブロル風に屈折した人物たちがなぞっていく。
『甘い罠』の原題は『ココアをありがとう』。タイトル通り甘くて苦いサスペンス劇。乳白色のフィルタを通したような映像のけだるさ、柔らかさが心地よい。ユペールの女優としての可能性が十全に引き出された秀作である。あの虚ろさな表情がたまらない。とあるブルジョワ女性にとりつく不定形の心の闇を優雅な退廃とともに描く。人生そのものに退屈しきっている彼女の心にふっとわき上がる悪意、知らず知らずのうちに彼女の好意はその悪意に支配されるようになる。その結果はどうでもいい、とにかく衝動が命じるままに悪意を働かせることが重要なのだ。退屈に耐えられない子供が行うイタズラのようなものだ。その悪意が生み出すスリリングな状況そのものを楽しんでいるとき、彼女は生きることの空虚さを束の間忘れ去ることができる。表向きは社交的でそつない上流階級夫人、その内側は他者の不幸を心待ちにする邪悪な無邪気の持ち主、ユペールが演じる女性はこの二重性を明らかに楽しんでいた。これこそ彼女にとっての最高の暇つぶしであり、これがなければ彼女は生きることの空虚さにつぶれてしまいそうになる。ニュアンスに富んだユペールの演技は見ているだけでゾクゾクする。観客である我々は彼女の共犯者となり、理性で押さえ込んでいる邪悪な衝動が彼女を通して実現されることに隠微な快感を感じる。
『悪の華』もブルジョワの一族の精神の退廃をスリリングに描き出した傑作である。ブルジョワ的社交の欺瞞の蓄積が一族をじわじわと浸食していく。HLMの生活のリアルでシニカルな描写も興味深い。ブノワ・マジメルをはじめ役者がみな素晴らしい。作品に漂う毒の甘美さにこちらの神経が心地よく麻痺していくような快感を覚える。