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閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

平原演劇祭2011第二部「その日、東海村に隕石が落ちた――!」

演劇 イベント

9月18日(日)17:00〜21:30 宮代町新しい村湖畔ステージ

みやしろ演劇パーティ
「おじや☆ダンス 第1幕 その年の秋」
作演出:高野竜
出演:阿萬未来/松本萌/泉田奈津美/高野竜/冬月ちき/名倉歩美/耼田聡美/内山次音/志賀未奈子/高野歴/斉藤ヒナコ/森松あすか

劇団12(トゥエルブ)
ジョジョリオン #001『壁の目』の男 +井上」
原作:荒木飛呂彦
作演出:志賀未奈子

「あの空を僕等は見たかった」
作演出:志賀未奈子
出演:武井りえ/関根李沙/志賀未奈子

Bebe
「君は、どのチャンドラー?」
構成演出:黄々野エチカ
振付:小椎尾久美子
出演:小椎尾久美子/清水紗綾/黄々野エチカ
演奏:バンブー佐竹

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平原演劇祭第二部に行ってきた。宮代町在住の劇作家、高野竜氏が主宰する演劇祭である。
第二部の会場は東武動物公園駅から十五分ほど歩いたところにある公園の池の側。東武動物公園の道を挟んで向かいである。野外劇だった。雨が降らなくてよかった。上演時間は休憩を挟んで4時間20分(!)の長丁場だった。夕方5時過ぎにはじまって、終わったのが9時20分ごろ。長さの割には見ていて疲れなかった。観客席は池を臨む土手斜面に敷かれたゴザもしくはダンボールの上だった。

開演予定時刻10分前に東武動物公園駅に到着した。西出口の階段を下りたところにある宮代町の物産品を売っている店で、上演会場のある「新しい村」の場所を聞いた。
「あなたの前にも聞いてきた人がいたんだけれど、何かあるの?」
「ああ、演劇の上演があるんですよ」
というやりとりをしていると、商品の搬入でちょうどそこにいたおじさんが、「通りがかりだから車で乗せていってあげるよ」と言ってくれたので、その好意に甘えることにした。赤飯とか団子を作って、このへんの店に卸している人だった。

開演予定時刻の17時ちょっと前に到着。会場に足を踏み入れたとたん、「うおっ」と思わず声が出る。池に張り出した木製のテラスがあり、その前が演技する舞台になっていた。舞台上に生えている大きな木には山羊が一匹くくりつけられている。その風景のバランス、のどかさだけで最高ではないか。素晴らしすぎる舞台である。子供を連れてきたかった。今日は夜遅くまでの公演だと聞いていたので私ひとりで見に来たのだった。

舞台の右側にはテーブル一つの即席売店があって、そこでは鯛飯、マイタケ飯、ゆで卵を売っていた。周りに店はない。夕食を用意していなかった私はそこで鯛飯とゆで卵を買った。観客席は池を臨む草地の土手。ゴザとダンボールが敷かれている。私は舞台ほぼ正面のゴザ席を確保した。小さな子供も含め、観客は50名ほどか。鯛飯とゆで卵は幕間に食べた。美味だった。

おじやの歌の合唱をオープニングに舞台が始まった。4時間半という歌舞伎並みの長時間公演、こちらはゴザの上で足を伸ばしたくつろいだ姿勢をとってだらだらと観劇した。芝居の見世物もゆるゆるとリラックスした雰囲気で続く。最初のうちは、芝居の内容はとらえどころがないし、芝生斜面は座り心地もよくないし、しかも明日から大学で授業がはじまるので憂鬱だし、といった感じで舞台に入り込むことができなかったが、徐々にゆっくりと一時間ほどかけて芝居の雰囲気にこちらの気分も同調し、楽しんで見ることができるようになった。

プログラム構成はみやしろ演劇パーティによる「おじや☆ダンス 第1幕 その年の秋」の上演の間に、劇団12とBebeの出し物が唐突に入り混んで、勢いでごたごたに混ぜ合わさるという、プログラムじたいが「おじや」みたいな混沌、曖昧な代物だった。どの演目も要約に困るような荒唐無稽な芝居で、あのユニークさ、破天荒さ、ゆるゆるした感じは、体験を通してしか伝えようがないかも。おじやみたいにドロドロしたごった煮の芝居だ。照明は一応あったけれども、舞台を煌々と照らし出すにはほど遠い感じで、闇鍋みたいなところもあった。

「おじや☆ダンス」は先月上演されたのが第2幕、今回が第1幕となっているが、内容的な関連はあまりない。今回上演された第1幕では先生が山伏姿でさらに得体の知れない人物になっていた。

「おやじ☆ダンス」では三人の姉妹(?)が登場する。三人とも妊娠している。核戦争か原発事故かなんかで日本中で女性が非性交懐胎してしまうという事態が生じているらしい。この三人はなぜか北へ向かって旅をしているが、その途中ではぐれてしまう。はぐれたところで、ものすごく怪しげなリヤカーの行商人と出会い、彼が振る舞うスープを食べたこととで、三人姉妹のひとりがその行商人の虜になってしまう。残りの姉妹は道すがら、西へ向かうという山伏姿の鴉(?)の先生と出会い、姉の救出にこの先生と乗り出す。

さてまた別の場所、とある塔のなかに長い金髪の若くて美しい女性が閉じ込められていた。グリム童話ラプンツェルらしい。気まぐれで我が儘なお姫さまである。このお姫様はいつか王子がやってきて、自分をこの塔から救い出してくれることを待望している。この塔の守がひとりいて、この我が儘姫の面倒を見ている。そんなとき、塔に一匹の「カエル」が入り混んだ。

「おじや☆ダンス」第一幕ではこの三人娘のエピソードとラプンツェルのエピソードが後のほうで結び付き一つの筋立てのなかに集約されていく。要約を書いていても混乱してくるが。いやほんとに無茶苦茶な話で、自由奔放な演出によってこの無茶苦茶さがどんどんエスカレートしていくのだ。いったい、この芝居のメッセージは何だ? 私にはわからない。

この「おじや☆ダンス」に劇団12の二作品が挟み込まれる。お話としてはまったくつながりがないように思えるのだけれど、ぐだぐだの雰囲気のまま、自然に12のパートが始まる。まず出演者三人による長い口上(?)があった。この口上がエキセントリックで、三人とも異様に高いテンションのまま、とにかく吐き捨てるように話すのだ。正体不明の何かにせかされているような切迫感とともに口上的前振りが行われる。役者の自己紹介が主だったような気がするが。これだけで、見るほうもいきなりぐったりと来てしまうのだが、まくらもわけがわからないのだけれど、芝居に入ってもこの芝居が難解というか何というか。個々の台詞や動きは把握できるのだけれど、全体としてそれで何が組み立てられようとしているのか私にはわからない。わからないけれど、なぜか見入ってしまう。その表現の突飛さに戸惑い、呆然としつつではあるが。

やはり挿入劇のように、「おじや☆ダンス」にくみこまれてしまったBebeの舞踊劇(?)エンターテイメントは、既に舞台の周囲が暗闇となってからやはり唐突に始まった。最初は買い物袋を何個もぶらさげた女二人のモテルモテナイをめぐる間抜けな対話だったのだが、そこにギター弾き語りが入り、狂ったように「私はみんなにやさしくしたい、私は博愛主義者になりたい」(という感じのことばだったと思う)というリフレイン「のみ」がひたすら繰り返えし歌われる。右手、左手からは壊れた機械人形のような男が何度も横に往復する。
私は酒は一滴も飲んでいない(そもそも下戸だが)のだけれど、このころにはグテグテになっていて、目の前で行われていることがおかしくて仕方ない。
多人数で大合唱みたいな感じになり、これでエンディングだと思ったら甘かった。
「おじや☆ダンス」がまた続くのである。しかも物語の展開には意外な、というよりは荒唐無稽な転換が行われる。池の側の野外舞台という特性は、この最終部で最大限生かされる。登場人物たちがどんどん池に飛び込んでいくのだ。笑うしかない。

この無茶苦茶な見世物を統合するのは、木に繫がれたまま最初から最後までこの様子を見守る山羊である。あまりの狂騒ぶりにとまどい、おびえているように見える山羊を見るたびに、はっと我に返る。ああ、いったい私は何を見ているのだと。
夜の公園の池のそばで、虫の声に秋を感じながら、ゆるゆるの芝居にゆったりとひたった。何という伸びやかな時間、解放感。
平原演劇祭2011第二部は、私がこれまで経験した中で最もユニークで味わい深い観劇体験の一つとなった。

今回の公演の写真が以下のサイトに掲載されている。
http://blog.goo.ne.jp/miyashiro_now/e/84a66464f83d326418b3fab895e4417e