閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

ハローワーク

国分寺大人倶楽部
HOME | 国分寺大人倶楽部

  • 脚本・演出:河西裕介
  • 美術:井上紗彩
  • 照明:保坂真矢(Fantasista?sh.)
  • 音響:田中亮大
  • 映像:矢口龍汰(ウィルチンソン)
  • 衣裳:大竹沙絵子
  • 出演:後藤剛範、加藤岳志、大竹沙絵子、金丸慎太郎(贅沢な妥協策)、西園泰博、根本宗子、片桐はづき、(箱庭演舞曲)、江ばら大介(elePHANTMoon)、林竜三(青☆組)
  • 劇場:中野 テアトルBONBON
  • 上演時間:2時間10分
  • 評価:☆☆☆☆★
                • -

国分寺大人倶楽部は今回の上演をもって無期限の活動休止となるという。ポツドールばりの露悪的表現とハイパーリアリズムの表現で、日常的倦怠のなかのドラマを掘り起こしてきたこの団体の最終公演、これは見ないわけにはいかない。

ハローワーク』は、郊外の私鉄沿線にありそうなくすんだ町工場の控室兼作業場が舞台となっている。この町工場でアルバイト待遇で働くさまざまな人間、それぞれに焦点をあてたエピソードが連作小説風に展開する。二十代のアルバイト待遇で働く若者、三十代の独身フリーター、恋人の妊娠を機に正社員となり働き始めた三十直前の男、そして工場をとりしきる四十代の男性社員。

工場の仕事は重労働ではない。アルバイトの若者たちの働きぶりはだらだらとしている。恋人の妊娠によりそうした若者グループから足を洗ったばかりの正社員もそうしただらだらとした働きぶりに特に苦言を呈したりはしない。楽で緩やかな職場ではあるが、その雰囲気は和気藹々というよりも、どんよりとした倦怠感に支配されている。退屈で単調な作業、さえない将来、彼らの心の中に漂う薄い絶望感が、その会話のやりとりから立ち上る。各人物に焦点をあてたエピソードを通して、鈍痛をずっと抱えているようなすっきりしない労働の日常のなかで、人が感じうる様々な屈折した感情が巧みに表現される。苦み、えぐみ、倦怠、諦念、苛立ち、絶望、そして束の間の甘美、安らぎが、複数の小さなドラマの中に凝縮されていた。この脚本と演出は本当に見事なものだ。

登場人物のなかで、私が感情移入せざる得ないのは、私と同じ姓を持つ片山という人物である。ちょっと前までバンド活動をやっていた彼は、恋人の妊娠を機にバンドをやめ、アルバイト身分でなく正社員としてこの工場で働くようになった。彼は鬱屈する二十代のアルバイトたちと四十代の正社員のちょうど中間の立場にある。正社員としてアルバイトを厳しく監督する立場にあるはずなのだけれど、自分の青春に未練を持つ彼は、「正社員」の世界に足を踏み入れる覚悟がまだできていない。結婚、そして一ヶ月後に父親になるというにも関わらず、彼はその現実を受け入れることを躊躇しているようだ。彼のエピソードは、彼の見る夢である。十七年後、彼は夢のなかで成長した自分の娘と話をする。燃焼しきれなかった自分の青春に悔みつつ、灰色の労働生活に入る選択を自らに強いた彼はどこか虚ろで、寂しげだ。

各々のエピソードで各人物が抱える様々な鬱屈がリアルに表現する。いや鬱屈ばかりではない。その重苦しさのなかで束の間見出すことができる甘美も効果的に挿入されている。しかしその甘美はすぐに裏切られる。脚本の河西は人間を常に両面的に描く。エゴイスティックで見にくい言動を行う人間が持ちうる美しさを、そして正しい振る舞いを自らに課した人間がふと漏らしてしまう悪魔的な感情をさらっと挿入し、絶妙のバランス感覚のなかでリアルにそうした人間の二面性を描き出す。人間についての希望を見せつつ、それをすぐさま反転させ、絶望に転化する。しかしその絶望の向こう側にはやはり人間への肯定的な感情が垣間見えないこともない。ひねった逆説的描写が国分寺大人倶楽部の舞台の面白さだと思う。

河西がこの脚本を書いたのは二十五歳のときだという。二十五歳の若者でも、これくらい社会というものが見えてしまうものなのだ。国分寺大人倶楽部の芝居は、一言で言うと、猛烈にダサくて格好いい芝居だ。世を舐めきったような斜に構えたふてぶてしさは、まともに語ってしまえば嘘っぱちになってしまう繊細なリアルに肉薄するための戦略的な身振りだ。あの子供じみた偽悪ぶり、つっぱりぶりの向こう側を感じ取ることの人間だけ見てくれればいい、と河西は思っているのではないだろうか。
人間心理の相反の多様なかたちが逆説的に容赦なく描き出される、国分寺大人倶楽部の芝居は本当に面白い。劇団が活動停止するのは本当に残念なのだが、脚本・演出の河西裕介をはじめとする面々はこれからも何らかのかたちで演劇活動を続けるだろう。今後も注目していきたい。