大阪での初日で梅雀にセリフが出てこなくなってしまうというアクシデントがあったそうでちょっと心配していたのだけれど、このトラブルを乗り越えて役者陣、スタッフの結束がさらに強まったようだ。福助、梅雀という役者の魅力を十分味わうと同時に、全体のアンサンブルの密度も高い、充実した娯楽作品に仕上がっていた。芝居くさい芝居の強さに圧倒された公演だった。この芝居の福助は本当に素晴らしい。ル・テアトルの客席を、芝居の中の劇場の客席に見立て、芝居を中断して恩人である医師、土生のもとへ向かう許しを請う長口上、この芝居はここで見せなければどこで見せるぐらいの名場面であるが、福助の語りの切実さは客席を芝居の世界のなかに引き入れてしまった。もちろん、観客は大きな拍手喝采でもって、退場する福助を見送った。
役者らしい役者だけが作り出せる説得力のある虚構の世界に引きずりこまれ、その甘美な嘘に心地よく身を委ねることができた。梅雀の安定感ある大らかな芝居も魅力的。でもこの芝居を観て、またますます梅雀の歌舞伎を見たくなったなあ。