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閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

第11回平原演劇祭 「演劇のない演劇祭」第1部 加藤家築「ほぼ」200年祭 

演劇 舞踊 イベント
  • 時:2012年8月5日(日)午後1時〜4時
  • 場所:埼玉県宮代町郷土資料館内 旧加藤家住宅
  • 出演・演目:
    • 劇団12「超冒頭・しじみSF・全編は来年まで待ってねvvはあと←」
    • ヨクナパトーファ「RPZL予告編」「LAHORE」(映画)
    • みやしろ演劇パーティ「やまねのネンネ」(足仮面)
    • 即興実験学校(インプロ)
    • 松本萌(舞踏)
    • 高野竜:演劇前夜「生態を変える記」(朗読)
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埼玉県宮代町在住の劇作家、高野竜氏が主催する平原演劇祭の第1部に娘と一緒に行った。
このきわめて独創的な地域演劇祭を観に行くのは昨年に次いでこれが2回目である。公演は劇場ではない場所で行われ、高野氏が主宰するみやしろ演劇パーティ他、彼がプロデュースしたいくつかの団体の演目がごった煮のように並ぶ。「演劇」祭となっていてるが、そこで提示されるのは、ジャンルとしての演劇が成立する以前の時代の祝祭がそうであったように思われるような、様々な芸能の要素がごった煮となったおじやのような状態の出し物である。

母親に抱っこされたままの乳児、じっと座ってられない幼児から寝ているのやら起きているのやら判然としない老人までの様々な年代の観客が、くつろいで様子で座ってだらだらと演じられているものを眺める。しかしこうした「非=演劇的」とも思える日常的な緩やかさのなかで上演されるものは、エキセントリックで難解で意味不明のものだだったりする。時にとても美しい言葉が聞こえたりもする。私が経験した中では、もっとも奇妙でユニークな演劇祭である。

2012年の第1部は、昨年と同じ場所、宮代町郷土資料館の敷地内に移築された築およそ200年の加藤家住宅で行われた。
演劇祭の開始は午後1時だったが、午前中、居住している団地の管理組合理事会があったため、1時間遅刻してしまった。私と娘が到着したときには、最初の3演目が終わっていて、今回この演劇祭にはじめて参加したらしい即興実験学校によるインプロビゼーション演劇が始まったところだった。

即興演劇は、観客から任意の一人を選び、その観客の話から即興的に芝居を作っていくというもの。「誰か自分の体験を語ってくれませんか」と即興実験学校のメンバーが30名ほどの観客に呼びかけるが、何をどうやるのかわからないだけに、観客側から積極的に「やります」という人は現れない。インプロ演劇は最終的に3回行われたのだけれど、その第1回は主宰者の竜さんが「職を得て、宮代町に越してきて、子供ができて、魚市場で働いて」というのをやることになった。即興実験学校のメンバー(5、6人だったと思う)がこの竜さんの宮代体験を演劇のかたちで即興的に再現するかたわらで、竜さんの同僚である若い男性(彼は3月の竜さんの芝居に出たとのこと)がパントマイムでその劇の内容を演じるという変則的なかたちになった。

即興演劇学校の二回目は、バンドFOMALHAUTのさかいさんがひっぱりだされ、北海道出身、男3人兄弟と父母で構成された彼の家族の夕食の場面が、即興演劇として再現された。即興演劇のメンバーが想像し、即興的に作っていたさかいさんが小学校高学年のときの食卓風景が、さかいしの思い浮かべる過去の風景と異なっていた場合に、さかいしがNGを出し、芝居を修正させるという趣向だった。この2回目はとてもうまく行った。過去の出来事を強制的に語らせて、それを即興劇で再現する過程で、当事者が過去を追憶し、忘れていた記憶を掘り起こしていく感じが伝わってきたし、即興演者の互いの反応も活発で観客もよく笑っていた。
三回目は観客の一人をあてて、やはり彼の少年時代の子供部屋の記憶を掘り起こし、それを即興演劇化したけれど、こちらはあまりうまくいかず。即興ですばやく反応し、それなりの物語を提示しなくてはならないので、役者はさぞかしスリリングだと思う。うちの娘に「やりたい、って手を挙げろよ」と促したのだけれど、強硬に拒否された。もっとも私も「じゃあ、私の体験を演劇に」とは言いにくい。即興実験学校は、ワークショップで即興演劇の体験講習をやっているらしい。こういった芝居で解放される人もいるのだろうけれど、正直、私はこういったエチュード的な試みには抵抗を感じる。青年団の演劇入門で似たようなことは既にやっているのだけれど。「空気を読む」ということを善意に満ちた欺瞞のなかで強いられてしまうような感じがして、あまり心地よくないのだ。これが自分ないし他人のリアルな体験に基づいて、即興芝居を作るとなると尚更だろう。

松本萌さんの舞踏はとてもよかった。音楽の選曲がいい。舞踏というと白塗り、半裸の演者がおどろおどろしい身振りで得体のしれない不気味なものを再現するというイメージを持っていたのだけれど、松本萌さんの表現は人間的、日常的で、明朗さ、優しさを感じさせるものだった。最初は全身に野良着のようなものを来て顔を隠した状態で踊るのだけれど、途中から上着を脱ぎ、顔をさらして踊る。どこか日本の伝統的な祭の踊りを連想させる雰囲気があった。いろいろな意味が込められているであろう様々な身体表現のバリエーションについては、私はことばでいったいそれが何を意味しているのか説明できない不可解なものではあるけれど、20分近くあの不定形の流れを退屈することなく追うことができたのだから、表現として何らかの説得力を持っているのである。こんなわけのわからないものを見せて娘は退屈しているかなと思って横を見ると、娘も興味深げに集中して松本さんの動きと表情を見つめていた(実はこの娘の様子を見て、私は「わが娘ながら、こんなに得体の知れない表現をじっと見られるなんて、ホントにこの子は偉いやつやなぁ」と思ったのだった)。旧加藤家の古い日本家屋、戸外の強い日差しと蝉の鳴き声といった借景の要素が、舞踏ととてもマッチしているように思えた。

締めは高野竜さんによる深沢七郎「生態を変える記」の朗読だった。『風流夢譚』事件のあと、宮代町にほど近い場所にあるラブミー牧場で残りの人生を過ごした深沢七郎が、東京から埼玉に移住したときのことを書いたエッセイである。竜さんの朗読を聞いているうちに、私はかつて自分がこのエッセイを読んだことがあるのを思い出した。でもいつ読んだのか、なぜ読んだのかは思い出せない。第一部の締めくくりとして竜さんがこのテキストを選んだのはなぜなんだろう、なんで深沢七郎は東京脱出あたって、東京からそれほど離れていないこの埼玉東部という中途半端な場所を選んだのだろう、などとぼんやり考えながら(そしてその答えは結局見つけ出せないまま)、朗読を聞いた。

開放的な、そして古い木造家屋でお話に耳を傾けるときの、やすらぎの感覚は格別なものだ。日常と地続きの場と時間にいながら、別の世界にふっと魂が移動するような感覚というか。テレビのない時代、昔の人々は誰かの家に集まって、度々こうした時間を持ったりしたのではないか、と想像する。
「生態を変える記」を読み終えたあと、唐突にベケットの『勝負の終わり』のごく短い一節が竜さんと劇団12の志賀さんのあいだで演じられて、2012年の平原演劇祭第1部は幕を閉じた。

最初の1時間を見られなかったことが残念だ。娘は昨年いたナマズが、今年はいなかったことが残念だったと言う。確かに、ナマズがいないのは寂しいな。
駅までの帰り、竜さんの奥さんに車で送って貰った。途中、宮代町の物産販売所に寄ってもらう。名産のブルーベリーを購入。それと緑色の丸っこい茄子も購入。娘はアイスクリームを買ってその場で食べた。
茄子とブルーベリーは夕食時に食べた。