閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

おおかみこどもの雨と雪

映画「おおかみこどもの雨と雪」

身寄りがなく、孤独で心細い状態にあった女子大生が、教室で出会ったハンサムな青年と恋に落ち、結ばれる。この青年は実は狼男だった。
細田守の作品は『時をかける少女』を見たことがあるのだが、ちまたではかなり評判のよかったこの作品が私は苦手だった。高校生男女の交際の描写が、鬱屈した性の影がまったく感じられない、あまりにもきれい事だったことが受け入れがたかったのだった。

主人公である花と狼男の青年が出会い、電撃的な恋に落ちる場面へあからさまにご都合主義のパターン化した流れは、私にはやはりちょっと抵抗を感じたのだが、この映画は花と狼男の恋愛を描くものではなかった。ごく短い時間であったが花の住む小さなアパートの一室での二人の性交場面がさらっと自然に挿入され、年子の姉弟が誕生すると、父親の狼男は死んでしまい物語の中心から外れてしまうのである。ここまでの急展開のなかで、花と狼男の電撃的恋愛は自然なことのように私には思えてきた。孤独な状況のなかで、退廃に陥らずに健気に頑張っている人間が、その心細さゆえに、たまたま出会ったやはり孤独を感じさせる人間にすっと心を奪われ、身を寄せ合うというのはいかにもありそうに思えるからだ。

おおかみこどもの雨と雪』は〈お母さん〉としての花を中心に描いた物語だった。一人の女性が、恋をし、愛し合い、子供をつくり、そしてその子育てを行うというライフステージの変化にあわせて、自身も変わっていく。花は一つの普遍的な女性像を具現した存在となっている。〈少女性〉、〈女性性〉、そして〈母性〉の三つの性質が花の変遷のなかでも常に存在しているが、物語のなかで強調されるのは母親としての姿だ。花は、社会や周りの人間との関係をしなやかに受け入れつつ、常に能動的であろうとするたくましさを持っている。また彼女が己の孤独をしっかりと覚悟を決めて、受けている様子にも心を打たれた。

背景の風景の写実的な描写とのずれに幻惑されてしまうところがあるが、狼人間が出てくるこの物語はきわめて寓意的、象徴的な物語である。最近、『イソップ寓話集』をかなり真面目に読み始めたということも影響しているのだけれど、動物を擬人化した動物寓話の意義、この迂回的表現方法に込められた感情を、今日、『おおかみこどもの雨と雪』を見てはじめて感覚的に理解できたような気がした。ひたすら隠してきた狼少女としての姿が暴かれてしまうことに怯える花の娘、雪の心情の描写の痛々しさが心に残る。

絵と色も素晴らしかった。実写と見まがうような精密な背景には引き込まれたし、各キャラクターの造形も洗練されていてかつ可愛らしい。雨あがりの駐車場で、黄色いレインコートを着た花が、狼として生きる道を選んだ息子と別れる場面の絵がとりわけ印象に残っている。