閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

夢の城

ポツドール
次回公演 | ポツドール

  • 作・演出 三浦大輔
  • 舞台監督:筒井昭善
  • 舞台美術:田中敏恵
  • 照明:伊藤孝(ART CORE)
  • 音響:中村嘉宏
  • 映像・宣伝美術:冨田中理
  • 小道具:河合路代
  • 制作:木下京子
  • 製作:ポツドール
  • 出演:米村亮太朗 古澤裕介 鷲尾英彰 井上幸太郎 松浦祐也 遠藤留奈 新田めぐみ 宮嶋美子
  • 劇場:東京芸術劇場 シアターウエスト
  • 評価:☆☆☆☆★
                            • -

『夢の城』の初演は2006年3月だった。劇場は今はなき新宿のシアタートップス。
前作『愛の渦』で岸田戯曲賞を受賞したあとの作品だ。『愛の渦』はことばの演劇だ。あけすけで下品で露骨な言葉の応酬のなかで、切実で殺伐とした性のありようがたち現れる傑作だった。
その後で上演された『夢の城』は、都市のとあるアパートの一室で共同生活を送る男女の性と暴力、テレビが支配する日常風景を無言劇というスタイルで作品であり、そのインパクトは強烈だった。私がここ数年見た作品のなかで最も印象深い作品のひとつであり、私が見たポツドールの作品のなかでは圧倒的に優れた作品だ。この作品はドイツなどヨーロッパ各地で昨年公演され、非常な好評を博したとのこと。無言劇なので翻訳を介在させる必要がないのも大きな強みだったはずだ。

『夢の城』の公演のあと、ポツドールはマイルドになり、性や暴力は相変わらずテーマにはなっているけれど、作品の強度は落ちたように私は感じていた。主題は黒いけれど、作品としてはウェルメイドの娯楽作品の雰囲気が強くなっていた。これはポツドールが劇団として成長し、観客動員を増やしていくうえで、否応ない変化であったと思う。三浦の緻密な演出は、ウェルメイド演劇となったポスドールでも貢献したけれど、私には若干物足りなさを感じるようになっていた。
1年ほど前に『愛の渦』が再演されたが、その再演版『愛の渦』には初演を見たときに感じたあの荒々しさ、すさんだエネルギーを感じることができず、私はがっかりした。

『夢の城』の今回の再演もそうなるのではないか、という懸念を抱いていたのだが、今回の再演も非常に面白かった。初演に比べると、表現が洗練された分、荒々しい攻撃性は後退しているような印象を持った。しかし過激な性表現は初演よりはるかに増大し、表現の過剰さ、どぎつさをうまく使った笑いもうまく導入している。

また男優を中心とする群像劇の趣が強かった初演に比べ、今回は遠藤瑠奈が演じる人物がクローズアップされ、ドラマの核として他の人物を圧倒する存在感を示していた。性表現については場面も初演より増えていたし、脱ぎも今回も徹底していた。ポツドールは男優は全裸になり性器をさらすのだけれど、女優の脱ぎはあまりなかったのだ。三浦大輔が何かの公演のアフタートークで語っているところによれば、「原則として役者がやりたがらないことはさせない」とのことで。とりわけ上半身、乳首を見せることはNGであったように思う。
今回は女優も下半身、そして胸を観客にさらしていた。東京小劇場界の三大女優のひとり、遠藤瑠奈のヌードはとても美しかった。
過激さのグレードアップは、ヨーロッパ公演が影響しているように思う。ヨーロッパの劇場では、男優も女優も脱ぎっぷりがいいのだ。そうしたヨーロッパの劇場の感覚からすると、あれだけリアルな疑似セックスを舞台上で行いながら、脱がない、見せないというのは、不自然に感じられたに違いない。

また表現のディテイル、各役者の動きややりとりのコンビネーションは、きわめて精緻なものになっていて、初演時より作品の完成度は上がっていた。初演より娯楽性は高まっているけれど、作品の持つ迫力、芸術性は減じていない。最初と最後の幕をガラス越しにして、高速道路の車の騒音を聞かせるという構成上の仕掛けは秀逸だ。露悪的なまでにセックスと欲望と生活の退廃を描きつつ、その猥雑さと喧噪のなかから、人間の孤独と絶望を美しく浮かび上がらせる逆説的な作りがむちゃくちゃかっこいい。

ポツドールの代表作であるだけでなく、二一世紀の日本の現代演劇を代表する一作だと私は思う。