閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

よわくてやわらかくてつよい生き物

うさぎ庵
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  • 作・演出:工藤千夏
  • 出演:大塚洋、坪井志展、山村崇子
  • 音響:藤平美保子(T.E.S)
  • 照明:小杉明正(Pacific Art Center Inc.)
  • 舞台美術:山下昇平
  • 宣伝美術:工藤規雄(Griffe inc.)
  • 宣伝美術イラスト:山下昇平
  • プロデュース:富永浩至、佐藤誠
  • 監修:片寄晴則
  • 上演時間:80分
  • 劇場:小竹向原 アトリエ春風舎
  • 評価:☆☆☆☆
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青年団所属の演出家、工藤千夏さんが主宰するうさぎ庵の公演を見に行った。うさぎ庵の公演を見るのはこれが初めて。長年連れ添った夫婦が、死による別れ際にどのような思いを相手にどのように伝えることができるだろうか。『よわくてやわらかくてつよい生き物』はこの問いに対する一つの美しい回答のような作品だった。倦怠期にあるあらゆる夫婦に見ることを勧めたい作品だ。

『よわくてやわらかくてつよい生き物』は30年連れ添った子供のいない夫婦の物語である。

オープニングは夫婦漫才の場面から始まる。関西風のべたべたなのりの夫婦漫才。この漫才をやっているのは30年前、1980年初頭に大学卒業後に結婚した夫婦であることが、しばらくすると明らかになってくる。漫才の場面のあと、先ほど漫才をやっていた男が精神科を訪ねている場面となる。すでに中年となったこの男は自分が妊娠したと医者に訴えるのだった。

以降夫婦漫才の場面と「今」の場面が交互に現れる。漫才のパートはこの夫婦の過去のフラッシュバックとして用いられる。彼らは大学の漫才サークルで知り合い、コンビを組み、そして結婚したのだ。夫婦漫才の場面のなかで、だんだんとこの夫婦の結婚歴が進んでいくことが観客に伝えられ、そのやりとりのなかから、間接的にこの夫婦の関係が浮かび上がってくる。漫才ではない部分も、徐々に時間が経過していく。男の妊娠は医者に否定され、医者は男が潜在的にずっと子供がほしかったことが、妊娠妄想の原因ではないかと指摘する。男は否定する。二人とも子供がほしいと思ったことなどなかった。しかし夫婦は医者の指摘に動揺してしまう。私たちは本当はずっと子供が欲しかったのではなかったのか、と。

男は悪性の胃癌だった。胃癌の宣告を受けたあと、まもなく男は死に、妻だけが残される。夫の死後、隣にはもういない夫といっしょにひとりで漫才を行う。年月が過ぎ、妻も年老いた。そこに夫からの宅配便が届いた。夫が1981年の結婚の年のクリスマスに届くように手配していた宅配便が50年遅れでとどいたのだ。その中には何が入っているのだろう?妻は宅配の段ボールを抱えながら二人の結婚生活を反芻する、そして夫が伝えられなかった思い、自分が夫に伝えることができなかった思いをそこに感じとる。

80年代、90年代の記憶がある世代には、懐かしい小ネタ満載の楽しい芝居だ。ベタベタのレトロなギャグを笑いながら見ていると、最後の場ではホロリというより号泣してまった。

タイトルとなっている「よわくてやわらかくてつよい生き物」は、二人が持つことがなかった赤ん坊を指しているのだろうか? 問題になっていたのは本当に赤ん坊だったのか? 私は赤ん坊は、この夫婦が生活のなかで少しずつ蓄積してきた小さなずれ、わかりあえないもどかしさといったもやもやとした総体の象徴であるように思った。劇中の夫婦に自分と妻の関係が重なる。一緒に暮らしながらどこか解り合えないもどかしさをずっと抱えつつも、最後の別れのときには心から「ありがとう」と言えるような関係でありたい。