閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

名取事務所『ピローマン』(マクドナー作)

http://www.nato.jp/profile/2013/image/pillowman1303.pdf

  • 作:マーティン・マクドナー
  • 翻訳・演出:小川絵梨子
  • 美術:深瀬元喜
  • 照明:桜井真澄
  • 音響:井出比呂之
  • 衣装:樋口藍
  • 舞台監督:市川兵衛
  • 出演:寺十吾、斉藤直樹、田中茂弘、渡辺聡、保科由里子、松﨑賢吾(配役順)
  • 上演時間:3時間10分(休憩10分)
  • 評価:☆☆☆☆☆
  • 劇場:下北沢「劇」小劇場

数年前にパルコで長塚圭史演出で話題になったマーティン・マクドナーの作品。 

 

劇中の台詞のなかで何度か出てくる表現を使うと、実に「ひねりのよく効いた」作品だ。悪趣味、露悪的、暴力的なせりふの激しいやりとりに乗っかって展開を追っていくと、さっと裏切れ、突き落とされる。こうしたことが3時間のなかで何回か起こる。 

舞台はとある全体主義国家の警察の取調室。刑事二人に無名の物語作家が尋問されている。カトゥリアンという名のこの作家は、発達障害の兄とともに、児童連続殺害事件の容疑者として拘束されている。 

彼の書きためた200篇の寓話的物語はまだ世に出ておらず、草稿のままだ。その物語のいくつかに書かれた描写が、児童連続殺害事件の状況と酷似しているのだ。思い当たるふしのないカトゥリアンは必死で否認するが、刑事たちの態度は確信に満ちている。暴力と脅迫的言辞でカトゥリアンを追い詰める。 

 

カトゥリアンが書いたいくつかの物語が劇中で何編か紹介される。この物語がドラマの伏線となっていた。 

 

波乱の展開のスリリングなサスペンス劇だ。順順に明らかになる事実は陰惨で絶望的で後味の悪いものばかり。粘りのある台詞の絡み合いによって、皮肉と憎悪、絶望の重ねられていく。密度の濃いやりとりによって進んでいく展開の重苦しさにぐったりとしたところに、最後の最後に微かな祈りの光を灯す。祈りというより、自分を惨めと絶望のなかから引き出すためのささやかな抵抗としての願望。しかしその光の灯し方も極めて気取って、ひねくれたやりかただ。苦くて、重くて、不愉快で、うっとうしくて、そしてその徹底したシニカルな悲観主義ゆえに圧倒的な感動を覚える。いや、あれは感動とは違うかもしれない。悪意と皮肉に満ちた毒のある表現の重なりが、その毒の強烈さのゆえに、逆説として圧倒的な力を持つという感じか。

これまで見たマクドナーの作品のなかでは、私はこの作品が一番好きだ。 

客席を分断し、中央に設置された舞台美術がとてもいい。あの狭い劇場によくもこれだけ情報の多い舞台を設置したものだと思う。音響効果もよかった。恐ろしい内容の語りが入るところで響く重低音のノイズが、その語りの恐怖とおぞましさを増幅していた。