閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

オトナの高校演劇祭

渡辺源四郎商店 第16回公演

http://www.nabegen.com/otona/

『修学旅行~TJ-REMIX Ver.』

▼作:畑澤聖悟

▼構成・演出:多田淳之介

▼出演:工藤由佳子、三上晴佳、山上由美子、工藤良平、柿﨑彩香、秋庭里美、田守裕子、音喜多咲子、奥崎愛野、松野えりか、佐藤宏之、斎藤千恵子、北魚昭次郎、山本雅幸(青年団)

『ひろさきのあゆみ~一人芝居版』

▼作:柴幸男

▼潤色:畑澤聖悟

▼上演台本、演出:工藤千夏

▼出演:工藤由佳子(青森・東京公演)

音喜多咲子(青森公演のみ)

『河童~はたらく女の人編』

▼作・演出:畑澤聖悟

▼出演:佐藤誠、三上晴佳、山上由美子、工藤良平、柿﨑彩香、田守裕子、奥崎愛野、小舘史、佐藤宏之、松野えりか、北魚昭次郎、斎藤千恵子、長崎南美

▼スタッフ

音響:藤平美保子、照明:中島俊嗣、舞台美術:山下昇平、プロデュース:佐藤誠、ドラマターグ:工藤千夏、舞台監督:工藤良平、制作:西後知春、秋庭里美、宣伝美術:工藤規雄

▼主催:渡辺源四郎商店、なべげんわーく合同会社

▼企画制作:なべげんわーく合同会社

この公演については劇評サイト《ワンダーランド》に劇評を投稿している。

http://www.wonderlands.jp/archives/23835/trackback/

 

 劇作家・演出家にして高校教員でもある畑澤聖悟が主宰する渡辺源四郎商店(略称なべげん)第16回公演「オトナの高校演劇祭」に行ってきた。東京では5/3から5/6のゴールデンウィーク休暇中にザ・スズナリで三本の作品が上演される。5/3に『修学旅行』と『あゆみ』、5/5に『河童』を見た。

 

今日の渡辺源四郎商店「オトナの高校演劇祭」は娘と一緒に見に行った。畑澤聖悟が高校演劇で上演した作品を、オトナの劇団である渡辺源四郎商店劇団員が上演するという企画で、高校生以下は無料だった。畑澤聖悟は高校演劇界では大スターなので、無料ということもあり今日の客席の1/3ぐらいは高校生だったように思う。東京は200校以上、演劇部のある高校があり、高校演劇は実はとても盛んなのだ。

 

開場は開演の30分前だが、開場10分ほど前にザ・スズナリに行くと長蛇の列ができていて驚いた。娘の通う中学校の演劇部顧問の先生も並んでいて、声をかけられた。最初に見た『修学旅行~TJ-REMIX Ver.』では偶然、先生と隣の席になって、開演前にいろいろ話をすることができた。先生はおそらく60前のおじいちゃん先生だ。昨年夏に国立劇場で青森中央高校演劇部の『もしイタ』上演をみて、自分の中学の演劇部でこれを取り上げると決めたそうだ。この演目には最低20名ほどの出演者、そして男の子が数名は必要となる。やれば絶対面白い作品だが、この条件をクリアできる学校は多くない。高校演劇で高い評価を得た作品を中学演劇が扱うというのは珍しくないようだが、『もしイタ』は相応の演劇部員数、そして男の子が必要なため、東京では娘が通う中学演劇部しかこの戯曲を取り上げなかったとのこと。作品が面白いのでかなりいいところまでいくはず、と先生は読んだのだが、その目論見通り、昨年度はこの作品で関東中学校演劇コンクールまで進むことができた。今年も男の子の部員が数名入部したので、「もしイタ」の完成度を上げて勝負したいとのことだった。 

 

さて今日の公演について。『修学旅行』は畑澤聖悟の高校演劇の代表作のひとつで、中学演劇でも頻繁に取り上げられる人気作とのこと。修学旅行で沖縄にいる女子高生の一室、一夜の話。この班の女子高生の仲はあまりしっくりと言っていない。女子高生のいさかいをドタバタ喜劇的に提示しているのだが、それが実は反戦メッセージの隠喩となっている。多田演出は作品の娯楽性を十全に引き出して、様々なギミックを用いて大きな笑いをいくつも作り出す。最初から最後までノンストップで演出の密度も濃い。物語の時代設定では米国のイラク侵攻が話題となっているのだが、それを「今」の日本の不穏な雰囲気にまで引き寄せる。戯曲のポテンシャルを引き出した見事としか言いようのない完璧な演出だった。 

 

二本目は工藤千夏演出による『ひろさきのあゆみ~一人芝居編』。一人の女性の誕生から死までを複数の女性が代わる代わるバトンを渡すように演じ続けることこそ『あゆみ』の根幹なのだけれど、それを一人芝居で提示するというのは面白そうな試みに思えた。見る前はかなり期待が大きかったのだけれど、これは演出の失敗。

『あゆみ』の物語自体は、一人の平凡な女性の平凡な生涯を時系列に沿って語っているに過ぎない。主人公のあゆみを多数の女優によって演じ、それを延々と舞台上で「歩ませる」という循環といった演出上のしかけによって、「あゆみ」の存在は普遍的なものになり、平凡な人生の断片の魅力が引き出され、大きな共感と感動を生み出した。しかし『あゆみ』を一人芝居にしてしまうと普通の芝居になってしまう。それも劇的な展開のない物語。この枠組みで感動を作り上げようとすると、女優が過剰ながんばりを見せて泣かせどころをつくる「女の一生」になってしまう。単独の役者だと延々と「歩ませる」わけにもいかず、作品の流れは停滞してしまった。『あゆみ』という作品の美点を蹂躙した失敗演出であり、『あゆみ』が放っていた普遍性の輝きも作品から消滅していた。演出家自身もやってみてから「しまった!」という感じだろうが。

 

5/5には本目『河童~はたらく女の人編』を見た。これも青森中央高校演劇部が2008年に全国高校演劇コンクールで最優秀賞を受賞した作品。ただし今回のなべげん版の上演では、舞台を高校から一般企業に移している。 

 

畑澤聖悟は差別、いじめの問題を、直接的ではなく、メタファーを使って高校演劇で扱ってみたいと思い、この作品を作ったという。カフカ『変身』にならって、ある日突然、河童と化してしまった女性を中心に、その周囲の人の戸惑い、反応を演劇化している作品である。河童というメタファーを利用しているとはいえ、異物をめぐる周りの人間の反応は極めてリアルであり、結末は後味の悪いものだった。演出にはミュージカルスタイルが効果的に取り入れられ、作品の娯楽性は高い。

 

演劇を見たことのない学生から評論家まで、幅広い観客層を意識した畑澤聖悟の作品は間口が広い。題材は親しみやすいものが選ばれているし、物語も定型的で、説明的場面も多いが、劇作や演出上のギミックは練り上げられている。また露骨に全面にでないかたちで、ゆるやかな教育的配慮が作品に感じられ、作品にはバランス感覚がある。 

 

今日の舞台もザ・スズナリは通路も埋まる超満員。高校生は事前予約無料というも大きい。客席の1/4は高校生だった。 

 

今回「オトナの演劇祭」企画の三本で一番面白かったのは、多田淳之介演出の『修学旅行』これがダントツ。次に『河童』。『ヒロサキのあゆみ』はアイディア倒れ。私は全く評価できなかった。