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閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

選挙2

映画 ドキュメンタリー

選挙2(2013)

 2007年に公開された『選挙』の主人公、山さんこと山内和彦氏は、2011年4月に行われた川崎市議選に無所属独立派として再立候補した。『選挙2』はこのときの記録である。

『選挙』では小泉政権下の自民党落下傘議員として、伝統的などぶ板選挙に翻弄された山さんだが、今回は前回とは全くことなるやり方で選挙に臨んだ。投票前日に街頭演説を行った以外には、選挙公報、ビラ、ハガキ以外の選挙運動を一切行わなかったのだ。だから『選挙2』の山さんの映像は、車に乗って、剥がれてしまったポスターを貼り直す姿ばかりである。そして投票の前々日に郵便局本局で妻と二人でハガキの宛名書き。最後の最後に曇り空の下、反原発を掲げる山さんは防護服を着て駅前で街頭演説。しかしその演説に聞き入る聴衆はひとりも映し出されていない。山さんの息子、当時3歳のゆう君が演説するお父さんの周りでカンフーのポーズをとっている。この場面の写真がポスターとパンフの表紙に使われている。実にいい写真だ。

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 2011年の川崎市議選挙は、3.11の大震災の一月後に行われた。2007年の統一地方選挙で自民党公認を得られず出馬を断念して以来、山さんは主夫として子育てにいそしんでいたのだが、大震災直後、原発事故の大きな不安のなかにあるにもかかわらず、市議選に出馬する候補者の誰一人として原発問題に言及しないことに憤りを感じ、突如、出馬を決意したとのことだ。

 

 原発問題に関心を向けない政治に対する真摯な怒りにもかかわらず、山さんの行動は独特のちぐはぐさがあって、牧歌的でユーモラスな雰囲気が始終漂っている。この牧歌性が、原発の不安感を反映した重苦しい曇り空の風景、川崎有権者たちの選挙への関心の薄さに向かい合う候補者たちの悲壮感という背景と対比されている。選挙候補者、政党、選挙システムだけでなく、有権者であるわれわれが抱える根深い問題も、『選挙2』の映像ははっきりと捉えている。

 街頭での挨拶の場面を撮影していた想田監督とそれを拒む自民党の議員との緊迫したやりとりはこの映画のクライマックスだ。自民党議員と運動員の恫喝と懇願にも関わらず、想田は撮影を続ける。この時の映像は、想田監督のちょっとした迷い、恐れを率直に伝えている。カメラは抗議者の顔を真正面から見据えるような映像にはなっていない。カメラはときに下を向き、揺れ動く。たった一人で、権力を持つ組織の恫喝に立ち向かうのにはやはり、想田監督といえどかなりの勇気が必要なのだ。『選挙2』はこうしたことも如実に映し出している。

 震災からわずか2年しかたっておらず、原発問題もまだ解決にはほど遠いというのに、自分があの2011年の3月、4月の空気を忘れてしまっていることに、この映画を見て気がついた。

 傍若無人に、子供らしく山さんの周りをはねまわるゆうくんの姿が、この映画のアクセントとなっている。この自由で奔放な悪ガキの姿にわたしたちの希望が集約されているように思える。ゆうくんは今日もお父さんと一緒に映画館にやってきて、お父さんにまとわりついていた。

 

 私が最初に見た想田和弘の観察映画は『精神』だった。この『精神』を見たときは、ごろんと生々しい現実が目の前に投げ出されたように感じ、私は作品をどうとらえていいのか解らず、混乱した。どっしりとした重苦しい感じを持って帰っただけ。『選挙』をDVDで見たのはこの少し後だったと思う。

 昨年、『演劇1』『演劇2』を見て一気に想田観察映画の世界にはまり、『演劇1』『演劇2』は作品そのものだけでなく、関連する劇作品、サブ・テキスト、想田和弘の著作、そして海外のものを含む映画評を読みあさり、この映画を味わい尽くした。そしてその後『Peace』という観察映画番外編、岡山の老夫婦世帯とその周辺の日常を丁寧に観察したとても美しいドキュメンタリーに魅了された。ここ一年くらい、私は想田和弘の圧倒的な影響下にあるような気がしている。

 

 

『選挙2』を見に来たら、出演者の山さんと想田監督がいたのでビックリ。写真は一番左の男の子が『選挙2』の主要登場人物でもある山内さんご子息のゆうくん、横が山内さん、そして想田監督。