閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

2013年の演劇生活

f:id:camin:20140101230035j:plain(カナダ、オンタリオ州オーウェン・サウンドの町の風景。記事本文とは関係ありません)

 

 2013年はおよそ100公演に足を運んだ。一回の公演で複数の演目が上演されていたり、あるいは同じ公演を二度見ることも数回あったので、演目としてはのべで130作品くらい見ているかもしれない。2013年には8月のほぼ丸一ヶ月をカナダで過ごし、その滞在費用捻出のため、観劇を自粛していた時期もあったのだが、結果的にこれだけの本数を見ることができたのは今年度はこまばアゴラ劇場の支援会員に申し込んだことが大きい。会員の期間は年度末の3月末までだが、今までのところこの支援会員制度を使って25本の作品を見ている。自分の嗜好とは外れた作品も少なくなかったけれど、こまばアゴラ劇場での上演作品はおおむね一定水準に達しており、年間三万円の会費以上の価値はあった。2013年の初芝居は吉祥寺の前進座劇場での劇団前進座三人吉三』だった。この公演は劇団の本拠地だった前進座劇場での最後の公演だった。劇場との別れを惜しむ俳優、スタッフ、そして観客の思いがこもった感動的な公演だった。長年に渡って苦労して維持してきた本拠地である劇場を失う決断の痛切さは、観客の立場からしても察するに余りある。劇場の喪失は前進座にとっては新たな旅立ちでもある。劇団の若手俳優を中心とする前進座Nextの旗あげ公演も、一月の前進座劇場での本公演と平行して行われ、そちらも熱気溢れる感動的な舞台だった。

 2013年に最後に見た舞台は、中学演劇の都大会で見た石神井東中学演劇部の『空の村号』だった。小5の少年から見た福島原発事故。様々な演劇的創意が導入された素晴らしい舞台だった。これまでに私が見た福島原発事故に関わる演劇作品のなかで、最も真っ当で誠実な作品だと思った。

 2013年は埼玉県宮代町在住の劇作家、高野竜がプロデュースする平原演劇祭が4月以降、5回にわたって開催された。地域と子供をキーワードとするこの極めて独創的な演劇祭は、高野竜ひとりの手によって10年以上前から続いている。この演劇祭は常設の劇場ではなく、野外や古民家、喫茶店などさまざまな劇場以外の場所で開催され、高野竜の作・演出作品を核に、彼が声をかけた他の劇団の作品、そして演劇作品のみならず、文芸作品の朗読や音楽演奏、そして食事(!)の時間などが上演される。入場料は原則として無料となっている。私は今年、平原演劇祭の一部から五部まですべて参加した。平原演劇祭は私にとっては最も重要で、強烈な演劇体験ではあるのだけれども、その特異な形態と私自身が演劇祭の証言者として(依頼されたわけではなく、勝手にやっているのだが)深くコミットしてしまっているため、下に示すランキングに平原演劇祭を含めていない。

 2013年に見た作品のなかで、私にとって印象深かった作品を10作挙げると以下のようになる。

  1. 2013-02-04 FUKAIPRODUCE羽衣サロメ vs ヨカナーン
  2. 2013-06-15 SPAC『室内
  3. 2013-03-21 名取事務所『ピローマン
  4. 2013-12-15 iaku『目頭を押さえた
  5. 2013-04-12 青年団『走りながら眠れ
  6. 2013-04-25 RoMT『ここからは山がみえる
  7. 2013-12-02 スタジオライフ『LILIES
  8. 2013-02-22 人形劇団ココン『繭の夢
  9. 2013-04-18 庭劇団ペニノ大きなトランクの中の箱
  10. 2013-02-16 Mouth on Fire 『Samuel Beckett "Before Vanishing..." 消滅する前に

 今年は私にとってFUKAIPRODUCE羽衣元年となった。大分以前から友人にFUKAIPRODUCE羽衣は絶対、私の好みだから見に行くように薦められていたのだけれど、タイミングが合わなくてずっと見逃していた。2月に『サロメ vs ヨカナーン』を見たところ、一気に引き込まれた。場末の街に展開する7つの濃厚な愛のエピソードが素晴らしい楽曲とダンスとともに提示される。中盤に歌われる長大な通称《ゾロ目の歌》の感動はとりわけ忘れられない。

 
FUKAIPRODUCE羽衣「サロメvsヨカナーン」ゾロ目の歌 - YouTube

 ワンダーランド劇評セミナーで提出したこの作品についての劇評は、私が今年書いた劇評のなかでは最良のものだ。セミナーの課題ということで目立たない位置に掲載されてしまったが、できれば多くの人に読んで欲しい。 http://www.wonderlands.jp/seminar2012/mt07/

 『サロメ vs ヨカナーン』は2回見た。7月にはFUKAIPRODUCE羽衣の『Still on a roll』の公演がこまばアゴラ劇場であった。こちらの公演も私としては例外的なのだが、2回見た。1回目見たときは作品の魅力をとらえることができなかったのだが、2回目は作品を存分に楽しんだ。『Still on a roll』は名曲揃いの舞台であり、とりわけ《愛の花》の胸締め付けられる抒情の豊かさ、美しさが心に残る。

 第2位のクロード・レジ演出によるSPACの『室内』は忘れがたい強烈な演劇体験だった。人間の生死についての哲学的な考察であり、演劇を見るというよりは、荘厳な儀式に立ち会ったような体験だった。メーテルランクの初期短編戯曲で示されていた静謐の美学、象徴主義演劇の美学が見事に具現されていた。開演の5分前に観客はやっと足元がぼんやり照らされるぐらいの照明しかついていない暗い楕円堂のホールへと導き入れられる。入場時、開演前に声を出すことは禁じられた。ひっそりと黙ったまま、観客は暗い空間に入る。出入り口が閉ざされ、空間が闇に包まれる。しばらくするとはるか前方にぼんやりと白い影のようなものがぼおっと浮かび上がる。暗闇で燐光を放つ生物のようにその姿はあいまいである。メガネをかけ忘れたのかと思ったほどだ。徐々に観客の目が慣れてくると、それが「室内」にいる人物たちだとわかる。彼らは始終無言のまま、緩慢な動きで家族の様子をそれぞれが演じている。

 名取事務所の『ピローマン』は、アイルランド系作家、マーティン・マクドナーの作品。演出は小川絵梨子だった。劇中で徐々に明らかになる事実は陰惨かつ絶望的で後味の悪いものばかり。最後の最後に微かな祈りの光を灯される。しかしその光の灯し方も、マクドナーらしい極めて気取って、ひねくれたやりかたである。苦くて、重くて、不愉快で、うっとうしい物語だ。しかしそのシニカルな悲観主義に真摯に向き合った演出は、最後に圧倒的な感動を逆説として提示することに成功していた。私がこれまでに見たマクドナーの作品のなかで、この作品が最も好きな作品になった。訳・演出の小川絵梨子は、5月にピンターの『帰郷/ホームカミング』の訳・演出も担当し、私は見に行けなかったのがこれも評判がよかった。11月にはマメットの『クリプトグラム』の訳・演出を担当し、これも一筋縄でいかないひねくれた劇的仕掛に満ちた作品を、見事にコントロールして、刺激的なサスペンス劇を作り上げていた。

 iaku『目頭を押さえた』はケレンじみた仕掛とは無縁なオーソドックスな台詞劇なのだけれど、古くささを感じさせない、スマートでな演劇作品に仕上がっていた。横山拓也の劇作の技巧の素晴らしさは驚嘆すべきものなのだが、細部まで配慮の行き届いた演出のスマートさによってそのうまさ、わざとらしさが鼻につかない。個性的な各人物を、それぞれの俳優が絶妙のバランス感覚で演じたこともよかった。緻密なアンサンブルを感じることができる芝居だった。

 平田オリザ『走りながら眠れ』は、大杉栄伊藤野枝というアナーキストのカップルの最後の二ヶ月の平穏を描く二人芝居。観客はこの後に二人を襲う惨劇を思いながら、無邪気で率直で微笑ましい夫婦の日常風景を眺める。一見弛緩した彼らのやり取りの細部に極度の緊張を感じ取りながら、厳粛な気持ちで芝居を見た。二人を演じた能島瑞穂と古屋隆太の演技が本当に素晴らしかった。

 RoMT『ここからは山がみえる』は、3時間を超える長さの異例の翻訳劇一人芝居。私はアトリエ春風舎と三鷹の山猫写真館で二つの異なるバージョンの演出を見た。春風舎では、イギリスのパブ風の空間、黒板や映像、語りのためのマイクスタンドといった多数の細かい仕掛によって、ひとり語りが含む様々なコンテクストが導き出され、観客の想像力を刺激していた。三鷹の山猫写真館では、舞台装置は春風舎よりはるかにシンプルなものだったが、太田宏の俳優としての卓越した技術が、テキストに含まれる多様な語り口が持っていた可能性の豊かさを引き出した。ひとり語り演劇の可能性を拓く画期的な公演だったと思う。

 スタジオライフ『LILIES』は、ケベックの劇作家、ミシェル=マルク・ブシャールの代表作。スタジオライフの代表作でもある。脚本は古典的装いの実に美しく、清廉な愛のドラマだった。スタジオライフでは男優だけでキャストを構成し、記号的な表現を選択することで、戯曲の魅力をしっかりと伝える密度の高い芝居を構築していた。演出は脚本に寄り添って、その魅力を素直に引き出している。

 人形劇団ココンは今年はじめて見た劇団だった。『繭の夢』は奇怪かつユーモラスな繭男が見る夢の世界という枠組みで、5つのエピソードが展開する。5つのエピソードで使われている技術、趣向、そして作品の雰囲気はすべて異なったものだった。シュールリズム的奇想に満ちた奇抜で自由で狂った舞台。また見たい。

 庭劇団ペニノの『大きなトランクの中の箱』は、ペニノがこれまで青山のマンションの一室で上演してきた「はこぶね」公演の集大成となる素晴らしい公演だった。16、7歳の童貞少年の性的妄想を徹底的に深化させて作り上げたグロテスクでユーモラスなファンタジー。いびつな感じがたまらない。

  Mouth on Fire のベケット短編劇集は、戯曲のト書きとベケット自身の演出に基づき、ベケット作品をできるかぎり忠実に再現することを目指した上演だった。英語字幕なし公演だったが、ベケット劇の極度なストイシズムがもたらす演劇的な美しさを感じ取ることのできる優れた舞台だった。

 

 2013年に見た演劇公演の一覧(太字は特に印象深い作品)

  1. 2013-01-02 前進座三人吉三巴白浪』
  2. 2013-01-06 前進座 Next『三人吉三巴白浪』
  3. 2013-01-16 東京デスロック『東京ノート
  4. 2013-01-20 SPAC『ロビンソンとクルーソー
  5. 2013-01-27 時間堂『テヘランでロリータを読む』
  6. 2013-02-06 新橋演舞場『二月名作喜劇公演』
  7. 2013-02-04 FUKAIPRODUCE羽衣『サロメ vs ヨカナーン』
  8. 2013-02-08 こんにゃく座『アルレッキーノ
  9. 2013-02-12 人形浄瑠璃『摂州合邦辻』
  10. 2013-02-16 Mouth on Fire 『Samuel Beckett "Before Vanishing..." 消滅する前に』
  11. 2013-02-17 人形芝居燕屋『ハロー!カンクロー/ねずみのすもう』
  12. 2013-02-20 新国立劇場バレエ公演『ジゼル』
  13. 2013-02-22 人形劇団ココン『繭の夢』
  14. 2013-02-27 ルーマニア国立ラドゥ・スタンカ劇場『ルル』
  15. 2013-03-12 みつわ会『雨空』『三の酉』(久保田万太郎作)
  16. 2013-03-14 松尾スズキ作・演出『マシーン日記』
  17. 2013-03-15 トラッシュマスターズ『来訪者』
  18. 2013-03-16  『親指こぞう ブケッティーノ』
  19. 2013-03-20 DuckSoup produce『音楽家のベートーベン』
  20. 2013-03-21 名取事務所『ピローマン
  21. 2013-03-23 OM-2『一方向』
  22. 2013-03-27 第二回関東中学校発表会・2013関東中学校コンクール
  23. 2013-03-28 劇団山の手事情社ひかりごけ
  24. 2013-03-30 桃園会『blue film』『よぶには、とおい』
  25. 2013-04-04 近童弐吉プロデュース『四月の魚 Poisson d'avril』
  26. 2013-04-07 平原演劇祭2013第1部 「茶室から宇宙へ」
  27. 2013-04-08 世田谷シルク『ブラック・サバンナ』 
  28. 2013-04-10 青年団『この生は受け入れがたし』
  29. 2013-04-11 新国立劇場『効率学のススメ』
  30. 2013-04-12 青年団『走りながら眠れ』
  31. 2013-04-14 青年団『銀河鉄道の夜
  32. 2013-04-18 庭劇団ペニノ『大きなトランクの中の箱』
  33. 2013-04-19 Straw&Berry『マリア』
  34. 2013-04-25 RoMT『ここからは山がみえる』
  35. 2013-05-03 渡辺源四郎商店『オトナの高校演劇祭』
  36. 2013-05-05 平原演劇祭2013第2部「あの岸壁が私です」
  37. 2013-05-08 こまつ座『うかうか三十、ちょろちょろ四十』
  38. 2013-05-15 マキタ企画『シュナイダー』
  39. 2013-05-16 前進座『元禄忠臣蔵:御浜御殿綱豊卿』『一本刀土俵入』
  40. 2013-05-23 むすび座『ピノキオ』
  41. 2013-05-30 カンパニー・フィリップ・ジャンティ『動かぬ旅人  Voyageurs Immobiles 』
  42. 2013-06-05 アトリエ・センターフォワード『ヘッダ・ガブラー』
  43. 2013-06-14 城山羊の会『効率の優先』
  44. 2013-06-15 中野茂樹『Waiting for Something』
  45. 2013-06-15 SPAC『黄金の馬車』
  46. 2013-06-15 SPAC『室内』
  47. 2013-06-16 平原演劇祭2013第3部
  48. 2013-06-20 青☆組『マリオン』
  49. 2013-06-23 劇団ゴキブリコンビナート展 『魍魎八景』
  50. 2013-06-28 shelf『班女/弱法師』
  51. 2013-07-04 元祖乃素いき座 『阿房列車
  52. 2013-07-04 ロリポップチキン『始発電車は君の街へ』 
  53. 2013-07-10 シアターノーチラス『ラジエーター』 
  54. 2013-07-11 FUKAIPRODUCE羽衣『Still on a roll』
  55. 2013-07-16 練馬区立石神井東中学校部『もしイタ〜もし高校野球の女子マネージャーが青森の「イタコ」を呼んだら』
  56. 2013-07-21 RoMT『ここからは山がみえる』
  57. 2013-07-25 前進座『花木村月夜奇妙 -どろぼうたちの月の夜-』
  58. 2013-07-26 トラッシュマスターズ『極東の地、西の果て』
  59. 2013-08-29 ミクニヤナイハラ・プロジェクト『前向き!タイモン』
  60. 2013-09-07 劇団どくんご『君の名は』
  61. 2013-09-14 冨士山アネット[Woyzeck/W]
  62. 2013-09-15 柿喰う客『失禁リア王』
  63. 2013-09-16 世田谷パブリックシアター『ジャンヌ』
  64. 2013-09-22 平原演劇祭2013第4部《ゲオルク・ビューヒナー生誕200年水没祭》
  65. 2013-09-30 KUDAN Project『真夜中の弥次さん 喜多さん』
  66. 2013-10-04 ロリポップチキン『さよなら、ミアちゃん!』
  67. 2013-10-11 青年団『愛のおわり』
  68. 2013-10-17 平原演劇祭2013第5部《賢治デイ》
  69. 2013-10-18 新国立劇場『エドワード二世』
  70. 2013-09-23 キリンバズウカ『マチワビ』
  71. 2013-10-23 浙江京劇団『オイディプス王』
  72. 2013-10-25 shelf『nora(s)』
  73. 2013-11-02 SAPC『サーカス物語』
  74. 2013-11-06 世田谷パブリックシアター『クリプトグラム』
  75. 2013-11-09 BeSeTo演劇祭『韓国現代戯曲連続上演』
  76. 2013-11-11 パルコ劇場『ザ・スーツ』
  77. 2013-11-13 青年団『もう風も吹かない』
  78. 2013-11-14 吉例顔見世大歌舞伎『仮名手本忠臣蔵
  79. 2013-11-15 Port B『東京ヘテロトピア』
  80. 2013-11-17 渡辺源四郎商店 『イタコ探偵工藤よしこの事件簿』
  81. 2013-11-18 サンプル『永い遠足』
  82. 2013-11-21 山本由也『劇人形作品展+BUN(カリンバ奏者)ライブ  』
  83. 2013-11-21 国立劇場歌舞伎『伊賀越道中双六』
  84. 2013-11-23 新国立劇場ピグマリオン
  85. 2013-11-28 前進座『赤ひげ』
  86. 2013-11-28 tg STAN 『Nora』
  87. 2013-11-29 リミニ・プロトコル『100%トーキョー』
  88. 2013-11-30 フォースド・エンタテイメント『The Coming Storm─嵐が来た』 
  89. 2013-12-01 モズ企画「韓国新人劇作家シリーズ第二弾」
  90. 2013-12-02 スタジオライフ『LILIES』
  91. 2013-12-04 宮沢章夫演出『光のない。(プロローグ?)』 
  92. 2013-12-05 ルーマニア国立ラドゥ・スタンカ劇場『NORA』
  93. 2013-12-06 バック・トゥ・バック・シアター『ガネーシャ VS. 第三帝国』  
  94. 2013-12-08 池袋コミュニティ・カレッジ「青年団の入門」特別公演『アリシア』
  95. 2013-12-12 第四五回文楽鑑賞教室『団子売』「文楽の魅力」『菅原伝授手習鑑』
  96. 2013-12-15 iaku『目頭を押さえた』
  97. 2013-12-15 武蔵大学演劇研究部『僕を殺しても世界は死なない』
  98. 2013-12-21 都立飛鳥高等学校全日制演劇部『全校ワックス』
  99. 2013-12-22 岡部えつ『業』朗読演奏会 
  100. 2013-12-23 SPAC『忠臣蔵』 
  101. 2013-12-24 ロリポップチキン『タイジの記憶』
  102. 2013-12-28 練馬区立石神井東中学演劇部『空の村号』