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閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

山の手事情社『ドン・ジュアン』

  • 構成・演出:安田雅弘 
  • 原作:モリエール 
  • 美術・照明・映像:関口裕二(balance, inc DESIGN) 
  • 選曲・音響:斎見浩平 
  • 衣装:綾 
  • 舞台監督:本弘 
  • 出演:浦弘毅(ドン・ジュアン)、山本芳郎(スガナレル)、倉品淳子、山口笑美、他 
  • 劇場:池袋 東京芸術劇場 
  • 上演時間:二時間 
  • 評価:☆☆☆★

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 俳優の表現技術、身体能力の素晴らしさを堪能できる舞台だった。ドン・ジュアン役の浦弘毅はダンディで酷薄な雰囲気によって孤高のリベルタンとしてのドン・ジュアンを見事に具現していた。そしてドン・ジュアンの内面の対話者のようによりそうスガナレルを演じた山本芳郎もいい。互いが互いの引力にひかれ合うように、粘りのある糸でつながれているかのように、二人は表裏一体の存在として舞台を支配する。

 演出の美学も筋が通ったもおのだ。《四畳半》という狭い隙間から体をひねり出すような独自の演技様式のなかに、モリエールの原作を巧みにはめ込まれていた。様々な大きさの立方体が積み重なる美術のなかに、さらに見えない立方体の箱があり、そこに俳優たちは体を押し込めるかのようにしてうねうねと動き回る。語りのシーケンスが移行するとその度毎に、俳優は歌舞伎の見得のように動きを止める。その静止は絵画のような美しさがある。美しい舞台絵をコマ送りのようにつなげていくかくかくと動きは連鎖していく。この様式美のなかで、モリエールの原作は抽象化、普遍化、寓意化されていく。 

 役者のすがたの美しさゆえに退屈はしなかったけれど、実のところそれほど楽しむことはできなかった。まず脚本にあまり面白みを感じなかった。各エピソードが列車の車両のようにつながっているだけであり、展開のリズムは単調で展開のダイナミズムに欠ける。《四畳半》スタイルがもたらす不定型なうねうねとした動きとかくかくとしたコマ送りゆえに、物語のながれはしなやかさを失い、停滞してしまった。

 鈴木力衛訳がベースだと思われる台本は、オリジナルに思っていた以上に忠実だったが、モリエールのテクストの饒舌に囚われてしまい、ストイックで窮屈な印象の作品になってしまっていた。