閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

ふじのくに⇄せかい演劇祭2014

静岡舞台芸術センター(SPAC)が主催するふじのくに⇄せかい演劇祭2014に行ってきた。例年は6月の一ヶ月間、週末に公演が行われるのだが、今年は6月は本拠地である静岡芸術劇場の改修工事のため、ゴールデンウィーク期間の開催になった。このため、例年より演劇祭の規模は縮小されている。ただ演劇祭の開催時期としては、梅雨の六月よりも五月の連休のほうが観客動員や野外劇場での上演を考えると好ましいかもしれない。

SPACの演劇祭にはここ5、6年、毎回行っている。いつもは一泊二日で演劇を楽しむのだけれど、今年は日帰りで三演目見た。

 

『よく生きる/死ぬためのちょっとしたレッスン』

  • 構成・演出:エンリケ・バルガス Enrique Vargas and Teatro de los Sentidos
  • 会場:静岡県職員会館 もくせい会館
  • 上演時間:70分
  • 評価:☆☆☆☆★

  最初に見たのはスペインの劇団テアトロ・デ・ロス・センティドスとその主宰者エンリケ・ヴァルガスによる『よく生きる/死ぬためのちょっとしたレッスン』だ。観客体験型の演劇なので、「見た」というよりや「体験した」とすべきかもしれない。観客体験型演劇としてはとてもよくできていた。手法はディズニーランドのツアー型エンターテイメントと似ている。しかし暗い場所で、静かにひっそりと行われるパフォーマンスの雰囲気は、宗教的な玄義に立ち会うような神秘的なものだった。

 

 会場のもくせい会館は特徴のない、ごくありきたりな公民館のようなところだった。まず一階のロビーの一角に参加者が集められ、おそらく構成・演出のエンリケ・バルガスだと思うのだが、スペイン人の男性から哲学的な寓話のイントロダクションを聞く。これは5分ほどで終わる。それから上演会場となる「異世界」の出入り口ロビーへと案内される。扉が二つあって、それぞれが「よく生きるためのレッスン」「よく死ぬためのレッスン」の世界の入口だと言う。参加者はどちらかのレッスンを選ぶように指示される。だいたい「死ぬため」が3,「生きるため」が2ぐらいの割合だったように思う。参加者全員で40名ぐらいだった。二グループに分かれると、靴を脱ぎ、目隠しをするように指示される。目隠しをしたあと、前の人の肩をつかんでゆっくりと扉の向こう側の世界へと入っていく。すぐよこ、擦れ合うような近さで別の人が歩いていることを感じた。

 中に入るとかすかにいい香りがする。そして時折頭上から風がそよ吹くのを感じる。ギターの音色とギターにあわせハミングで歌う声が聞こえる。その音楽はときおりすっと途切れながら、断続的に続く。椅子に座らされ、しばらくそのまま。ぴちゃぴちゃと水がはねる音が聞こえた。そのぴちゃぴちゃした音は次第に近づいてきた。袖が少しまくり上げられ、かがみ込んで手を伸ばすように促される。手を洗って貰う。

 シュッシュッと服がこすれる音が周りから聞こえてくる。私の来ていた服も手でシュッシュッと払われ、襟などを直される。ここで目隠しがとられる。真っ暗闇で何も見えない。静かに奏でられるギター、アコーディオン、ハーモニカ、マンドラの落ち着いた音色を耳にする。音楽はパフォーマンスのほとんどの時間、鳴っていたように思う。その音楽の趣味がとてもいい。押しつけがましくなく、環境音のように自然に空間にとけこんでしまう音楽だった。

 ぼんやりと何かが映し出される。最初は暗くて何かわからないが、しばらくするとそれが布に包まれた遺体をかかえ持つ人々による葬送行列のようなものであることがわかってくる。また一列に並んで座っていたと思っていたのだが、そうではなく8人ぐらいのグループごとに半円状に座っていたことがわかる。頭上にはたくさんのかずの白いシャツやタオルがオブジェのように吊されている。

 暗闇のなか、布に包まれた遺体を厳かに運ぶ人たちの姿に連想したのは、アーサー王物語群のなかでペルスヴァルが漁夫王の城に迷い込んだときのエピソードだ。聖杯と聖槍の行進を宮殿で見たペルスヴァルはそれを不思議に思いながらも、漁夫王にそれについて問いかけなかった。

 布に包まれた遺体は各グループの中央のテーブルに置かれる。われわれの導き手である出演者が、参席者の何人かに布越しに頭の部分を触ってみろと誘う。何人かが頭の部分を軽く押さえた。出演者が布をゆっくりとはがすと、中には入っていたのは遺体ではなかった。野菜を人型に並べていたのだった。ぶどうジュースが振る舞われ、野菜を囲んでの宴会が始まる。野菜はカットした生野菜や沢庵など。それらを皆で分け合って食べる。しばらくすると真ん中付近のエリアで舞踏会がはじまる。一人一人、ガイドたちに誘われ、踊りの輪に入っていく。

 舞踏会が一段落すると、ろうそくランプをガイドが持って人の輪に入っていく。そしてそのろうそくの光を中心に8人ほどのグループに分かれる。グループ内では、木製の下敷きと紙が渡され、「他人が書くあなたの最後の一ページをここで書いて下さい」といった指示が出される。それぞれが自分の最後の一ページを書くと、紙は回収され、白いシャツのなかにしまい込まれ、それからシャツは上に吊される。別のシャツがとりこまれ、その中には別のグループが書いた紙が入っていた。ろうそくのかすかな光をたよりにそれらを読む。

 しばらくするとガイド役に手をひかれ、一人ずつ退場していく。「異世界」のロビーはスモークで幻想的な空間になっていた。自分の靴をとり、退場していく。

 

 『ファウスト 第一部

演出:ニコラス・シュテーマン Nicolas STEMANN

作:ヨハン・ヴォルフガング・ゲーテ

出演:Philipp Hochmair, Sebastian Rudolph, Maja Schöne

歌:Friederike Hermsen

ダンス:Jonas Christen

演奏:Sebastian Vogel, Burkhard Niggemeier

美術:Thomas Dreißigacker, Nicolas Stemann

伊ション:Marysol Del Castillo

音楽:Thomas Kurstner, Sebastian Vogel

ビデオ:Claudia Lehmann

振付:Franz Rogowski

ドラマトゥルク:Benjamin von Blomberg

劇場:静岡芸術劇場

評価:☆☆☆★

  ドイツの演出家、シュテーマンによる『ファウスト 第一部』は今回のふじのくに⇄せかい演劇祭の目玉となる公演だと言っていい。