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閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

《薔薇物語:中世フランスの文学と音楽》

薔薇物語〜中世フランスの文学と音楽

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  • 会場:旧古河庭園・洋館
  • 主催:花井尚美リサイタル実行委員会
  • 北とぴあ国際音楽祭2014参加公演
  • 出演:花井尚美(企画・歌)、佐藤ヴェスィエール吾郎(企画・朗読・訳)、常味裕司(ウード)、矢野薫(中世ゴシックハープ)、蔡怜雄(トンバク、ダフ)、渡辺研一郎(歌)
  • プログラム:トリスタンの嘆き(作者不詳)、ギヨーム・ド・マショー、ベルナール・ド・ヴァンタドルン、ギヨーム・デュファイ、ジル・バンショワなど。ギヨーム・ド・ロリス『薔薇物語』。
  • 上演時間:70分

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 13世紀にフランスで書かれた寓意(アレゴリー)文学の傑作、『薔薇物語』の抜粋の朗読を軸に、宮廷風恋愛を歌う中世フランスの歌曲、中世フランスとアラブ音楽の器楽曲の演奏を行うというコンサート。

 『薔薇物語』は13世紀前半にギヨーム・ド・ロリスが第一部を執筆し、同世紀後半にジャン・ド・マンが第二部を執筆した。物語は作者が見た夢を語るという形になっており、〈閑暇〉、〈下賤〉、〈悦楽〉、〈理性〉といった抽象概念を擬人化するアレゴリーが用いられている。ロリスが書いた第一部は、当時のフランスの宮廷で広まっていた宮廷風恋愛のありかたが、物語として提示されている。主人公は〈閑暇〉の招きで〈悦楽〉の園に入り、そこで〈愛〉がはなった矢に射貫かれ薔薇に心を奪われる、そのつぼみを摘み取るために彼は庭園を彷徨するが、彼の行く手を〈嫉妬〉などが妨げるため、なかなか薔薇の花にたどり着くことができない。ジャン・ド・マンが記した第二部は、第一部の枠組みを踏襲しつつも、〈理性〉、〈自然〉などの長大な演説で世相を解説する百科全書的な内容になっていて、第一部とは性格が大きく異なる。

 『薔薇物語』は抽象概念の擬人化を用いた寓意教訓物語として、一六世紀頃まで大きな影響を持ち、『薔薇物語』に倣ったアレゴリーを用いた文芸ジャンルが隆盛した。演劇の分野でもモラリテ(道徳劇)というアレゴリーが登場人物となるジャンルの作品がある。なお『薔薇物語』全篇は、篠田勝英による原典からの翻訳が出版されている。

 

薔薇物語〈上〉 (ちくま文庫)

薔薇物語〈上〉 (ちくま文庫)

 
薔薇物語 下 (ちくま文庫 は 35-2)

薔薇物語 下 (ちくま文庫 は 35-2)

 

  このコンサートでは、『薔薇物語』の第一部の抜粋が、日本語と中世フランス語で読み上げられる。朗読を担当した佐藤ヴェスィエール吾郎は、日仏のハーフでソルボンヌ大学博士課程に籍を置く中世フランス文学研究者だ。単に朗読されるだけれなく、朗読される箇所と関係する中世の羊皮紙写本の図像を紙芝居風に見せたり、あるいは寸劇として情景が再現されたりするなどの工夫があった。中世フランス語の響きは、遠い異国の過去の世界へと観客を誘う呪文のように機能しただろう。この朗読パートと音楽演奏パートへの流れはスムーズで、両者の分量のバランスもよかった。 前半の数曲は歌曲の伴奏としてアラブ音楽の撥弦楽器、ウードと打楽器、トンバクが用いられているのがユニークだった。ウードはリュートによく似ている。トンバクの音色は多彩で繊細だ。この二つの楽器の即興風の伴奏が、中世フランスの歌曲とよく調和していた。歌唱との音量のバランスもちょうどいい感じだった。中世のトルバドゥール、トルヴェールの単旋律歌曲は主題、韻律構造などの点で、アラビア文化の影響があるという指摘はかなり以前からされていた。また現在では図像でしか確認できない中世音楽の楽器は、形態的にアラブの民族音楽楽器と近いものが多い。中世歌曲をアラブ民族楽器の伴奏でやるのには、学問的・歴史的根拠がないわけではないのだ。そして実際のパフォーマンスの上でも成功していたと私は思った。マショーの « Douce Dame Jolie »はよく演奏される名曲だが、ウード、トンバクの伴奏での歌唱は、これまで私が聞いたことのあるいろいろなバージョンの演奏とは異なる味わいがあり、この歌曲の新しい魅力を引き出しているように思った。

 少々残念だったのは『薔薇物語』自体には歌曲は含まれておらず、今日のコンサートで演奏された各曲も大きく「中世の音楽」であることは確かだが、『薔薇物語』の内容とはあまり関わりがなかったことだ。トータルで考えると、朗読される物語と演奏歌曲の調和は取れていたのだが。

 中世ではあらゆる文芸が、ジョングルールと呼ばれる芸人のパフォーマンスを通じて人々に伝えられていた。『薔薇物語』もジョングルールにより観客を前に朗読されていたのである。ジョングルールは、物語の朗読だけでなく、楽器の演奏、歌唱、ダンス、曲芸など人々を楽しませる様々な芸を持つ複合的芸人だった。

 中世音楽のCDやコンサートで、今日のように物語朗読と音楽演奏を組み合わせた企画はそれほど珍しくはない。しかし今回の企画で素晴らしかったのは、これが旧古河庭園にある洋館という上演会場を得たことだろう。

 

http://instagram.com/p/vC0Fe1jTxH/

旧古河庭園内の大正期に建てられた洋館で『薔薇物語〜中世フランスの文学と音楽』というコンサート。美しい庭園で薔薇の蕾を探し、彷徨う中世の寓意文学の世界が、その世界ふさわしい空間で音楽と語りによって再現された。典雅な夢の時間に浸った。

 この庭園は壁に囲まれた閉鎖的空間にある。そして庭園は美しいバラ園も備えている。『薔薇物語』で主人公が語る〈悦楽〉の園の描写は、この旧古河庭園とそのまま重なることに、今日、朗読を聞きながら気づいた。『薔薇物語』では〈閑暇〉という美し女性の姿のアレゴリーの導きで、主人公は壁のなかの庭園のなかに入ることができたのだ。

 コンサートはこの庭園内にある大正期に建設された洋館の一室で行われた。この洋館の内装が素晴らしいのだ。贅沢の極みだけれど、ごてごてした装飾ではなく品がある。内部の写真撮影は残念なことに禁止されていた。大々的に公開すると、利用申込みが殺到するおそれがあり、対応できないからという理由だとか。

 このシックな洋館は、このパフォーマンスの雰囲気に見事に調和していた。中世の城館のホールでジョングルールたちの語りや歌を楽しむ貴族たちのように、私たちはエキゾチックな中世の時間に浸ることができたのだ。

 長大な『薔薇物語』から抜粋する箇所を選び出し、演奏する曲目を選定し、構成するのには膨大な時間と労力がかかったはずだ。「おみくじ」など観客参加の要素も組み入れ、全体を緩やかではあるけれど一貫した物語世界として提示することに成功していたと思う。演技のパフォーマンスの点では、もっと様式化された洗練された動きがあればよかったと思うのだが、ちょっと素人臭いところがかえって味になっているところもあった。

 空間の魅力を最大限生かしつつ、優れた構成と演奏パフォーマンスで観客を楽しませる魅力的なプログラムだった。公演終了後は、コーヒーのサービスもあり。洒落た洋館で、美しい庭園を眺めながらのコーヒーも格別だった。