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閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

時計じかけのオレンジ(1971)

映画

時計じかけのオレンジ(1971)A CLOCKWORK ORANGE

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時計じかけのオレンジ』を見るのはたぶん20年ぶりぐらいだ。最初に見たのは高校生のときだった。この映画は高校生ぐらいの年代がいちばんはまるだろう。高校時代の私はこの映画を見て熱狂した。たぶん続けて何回か見ている。バージェスの原作小説も読んだ。アレックスの暴力と本能的ふるまい、エゴイズムに、高校生の私はこの世にはびこる欺瞞や偽善や抑圧を打ち砕くような爽快な解放感を感じたに違いない。多くの思春期後半の人間と同じように、この頃の私は自分をとりまく世界がうっとうしくてならなかったのだ。そして自分はそれを打ち破るだけの力がない、抑えつけられるしかないことにイライラしていた。

時計じかけのオレンジ』のアレックスの放縦こそ、鬱屈していた私にとっては解放であったし、真実であるように感じられた。

久々にこの映画を見ると、前半の暴力場面の記憶は鮮明だが、後半の矯正後のアレックスのエピソードの印象は薄い。矯正後の場面はごく最後の短い時間だけだったように記憶していたのだけれど、実際には前半部とその裏返しになる後半部の時間はほぼ同じくらいだった。この記憶のアンバランスから、私が当時、どんな具合にこの作品を見ていたか想像できる。残忍なエゴイストで、衝動のままに自由に振る舞いつつ、高い知性を持ち、ベートーベンを愛するアレックスに、私はすっかり感情移入しながら見ていたのだ。多分当時の私にとって、アレックスは自分の理想となるアンチ・ヒーローだったのだ。

20年ぶりに見てもその面白さは色あせていなかった。最高の音楽映画でもある。クラシックの名曲とそれをデフォルメしたウェンディ・カルロスのシンセサイザー音楽が、各シーケンスに逆説的にかぶさって、その相乗効果でシニカルなメッセージが伝えられる。この映画は、私にとってはクラシック音楽の入門でもあったのだ。『時計じかけのオレンジ』で使われている音楽から、自分がクラシック音楽への関心を拡げていったことを思い出した。あの頃の自分は、アレックスのようになりたかったのだ。