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閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

『STOP』(2016)

www.stop-movie.com

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こんなひどい作品は滅多に見られるものではない。予告篇を見た段階で、キム・ギドク福島原発を題材にどんな映画を作るのかは予想はついたのだが、その予想を上回る暴走ぶりに唖然とする。ギドクの狂気を私はなめていたのだ。

福島原発災害が起こったとき、そのすぐそばに住んでいた若い夫婦の話である。彼らは避難勧告に従い、東京に避難する。このとき、妻は妊娠十週目だった。国家からミッションを依頼されたらしい謎の男に、放射能によって奇形児が生まれる可能性が高いので、妊娠中絶を強く迫られ、夫婦は大いに動揺する。最初は夫は出産を望み、妻は中絶を希望していたのだが、夫は福島で放射線汚染地域に住み着く女性の出産の現場に立ち合い、彼女が奇形児を産んだのを見てから、考えを変える。逆に妻は福島の汚染地域に戻り出産を決意する。夫は電気使用こそ諸悪の根源と考え、福島の汚染鶏を東京の店に卸すなぞの男と、原発の電気の送電塔を破壊しようとする。

悲劇的状況においてエスカレートしていく激情に身を任せ、破滅まで突っ走るような常軌を逸した人物はキム・ギドクの作品ではおなじみだが、この作品では福島原発災害に関わる妄想に取り憑かれたギドクの想像力が暴走するままに、地理も時間も登場人物設定も、あらゆるリアリティがグロテスクに歪めらていく。

最初は反原発運動の一部が強調した奇形児出産というデリカシーない扇情的な情報に、キム・ギドクが乗っかり、放射能-奇形児という配慮のない悪質なデマ(と言ってもいいだろう)を中心に物語を作ったことに、嫌悪感を覚え、すぐに映画館を出たくなった。しかし、妊娠中絶を強引に迫り、国家の危機を語る謎の男とか、暴れる妻をガムテープでぐるぐる巻きにして東京のマンションに転がしたまま、福島に動物の写真を取りに行く夫とか、福島の汚染地域の廃屋に一人で暮らす妊娠中の狂女とか、福島の汚染地域の山林のなかで斧で鶏肉をさばき、焼鶏串に刺して、それを東京の焼き鳥に卸しに行く謎の男とか、またこの焼き鳥男がなぜか東京の送電事情にやたら詳しいとか、荒唐無稽な設定、人物が続々出てきて、妄想が暴走していくのに、不愉快と怒りを超え、唖然とするしかない。もう馬鹿馬鹿しくて笑うしかない。

ギドクの頭のおかしさは、こちらの想定をはるかに超えるものだったのだ。彼はおそらく真面目にこの映画を作ったはずだ。自分で製作し、配給先まで探している。そして入場料収入は熊本県震災被害者にすべて送るという。恐るべき狂気の情熱の映画だ。

ひどい作品ではあったが、こんな怪作を見られる機会はそうあるものではない。だからわざわざ観に行く価値はあったと言える。