閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

OiBokkeShi『カメラマンの変態』

oibokkeshi.net

  • 作・演出:菅原直樹
  • 出演:岡田忠雄、ポール・エッシング、申瑞季青年団
  • 舞台監督:市川博明
  • 映像:南方幹
  • 宣伝美術:hi foo farm
  • 宣伝イラスト:あさののい
  • 題字:和気はじめ
  • 制作:野坂牧子 濱町有衣子
  • 企画制作:「老いと演劇」OiBokkeShi
  • 特別協力:蔭凉寺 社会福祉法人光風福祉会 シバイエンジン
  • 会場:特別養護老人ホーム 蛍流荘
  • 評価:☆☆☆

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老いと演劇」OiBokkeShi第4回公演『カメラマンの変態』を美作市の老人ホームで見た。観客は幼児から高齢者まで様々だったが、アフタートークの様子から介護職に就かれている方が多くいたようだった。
91歳の老人を俳優として、高齢者介護に関わる演劇を作るという発想が斬新で、この公演は様々なメディアで取り上げられている。実際、私もこのような超高齢者を役者としてどう動かすのか興味津々だった。
作・演出の菅原直樹は、青年団の演出家だが、岡山に居住し、介護職の現場で働いている。

91歳の老俳優の「おかじい」は、脳梗塞の後遺症で食事介助が必要で、言葉が話せない老人を演じていたが、実際にはかくしゃくとした人だった。耳は遠くなっているようだが、介護老人を「演じる」ことができる人だ。ここが私の事前の予想とは違ったところだ。私は運動も知的な反応もままらない、そういう高齢者がその生の身体を、舞台で晒すことを、どこかで期待していたことに、作品を見終わった後で気づいた。

上演時間は60分。「おかじい」の他に、彼を介護するオーストリア人の若い男性、かつて写真家である老人と関わりを持った40代の謎の女性の3人芝居。
三幕構成で最初は老人と介護人の食事介助などの場面、二幕目は老人に40年ぶりに会うという謎の女がやってきて、老人はその女をモデルに写真を撮る。三幕目は、老人の死後、女と介護職男性のやりとり、そして2人のその後が背景文字によるナレーションで示される。

芝居の雰囲気は平田オリザ風だが、設定の非現実性やナレーションでの過剰な説明など、平田風戯曲・演出ゆえにかえってディテールの粗が気になってしまう。正直なところ、演劇作品としてそれほど面白いものではなかった。眠気を堪えるのが大変だった。

終演後に「おかじい」が終演後の高揚を抑えることなく、暴走して長々と挨拶を行った。その暴走ぶりが面白かった。この後説も含めて作品とすべきなのかもしれない。

老齢ゆえに「おかじい」の演技にはミスがあったらしい。しかしそのミスがどこだったのかは私には分からなかった。今回の芝居ではおかじいにセリフはない。手順を忘れても何とかなるような融通は利くような台本になっていたのだろう。

おかじいは超高齢者ではあるが、作演出の意図を理解し、それに沿った演技ができる俳優だった。これがもし本当の痴呆で身体が不自由な状態の老人が出演し、その作品が演出家のコントロールがほぼない不可能な状態の演劇、生の老人を晒す芝居だったら、どうだっただろうかと考えてしまう。もっと微妙で複雑な問題提起ができていたのでは。私が見たかったのはむしろそういう芝居だったように思う。しかしそれは単に見世物として、そうした人たちを晒されるのを見たいというわけではない。

現実問題としての老いという問題なら、私には年老いた両親がいるし、最後の十年間を脳梗塞のため、痴呆状態のまま、老人介護施設で過ごした祖母がいた。『カメラマンの変態』の冒頭の食事介助の場面を見ながら、私は祖母が最晩年を過ごした老人介護施設で自分が祖母の食事介助したときのことを思い出した。私がそのとき特に感慨を抱くことなく、淡々と「さあ、おばあちゃん、食べな」と言いながらスプーンを口に運んでいたことを。

老人介護をめぐるこうした現実は私に限らず多くの人にとって既知の状況だ。しかし身の回りにそういう現実がある(あった)と言っても、そうした生の現実を私自身や関係する人々が直視できたか、そしてその現実を直視した上でそれについて率直に語ることができるか、考えることができるかといえば、そういうものではない。老人介護の問題には直視しがたい、率直に語りがたい、心理的障壁がある。

そうした人とそれらの人々の抱える問題を をどのように演劇的に提示することが可能なのか、というのを期待して私はこの作品を見に行ったのだが、この点では物足りなさを感じた。91歳の素人の老人を舞台に出すというのは「コロンブスの卵」と言っていい素晴らしい発想だと思う。しかし芝居自体はごく普通の芝居だった。「すごい!91歳のおじいさんが舞台に出て、芝居をしている!」という感動は確かにあるのだけど。